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室生犀星 2

第2話 新たな決意

 

 

       切なき思ひぞ知る

                      室生 犀星

 

 

     我は張り詰めたる氷を愛す。

     斯る切なき思ひを愛す。

     我はその虹のごとく輝けるを見たり。

     斯る花にあらざる花を愛す。

     我は氷の奥にあるものに同感す、

     その剣のごときものの中にある熱情を感ず、

     我はつねに狭小なる人生に住めり、

     その人生の荒涼の中に呻吟せり、

     さればこそ張り詰めたる氷を愛す。

     斯る切なき思ひを愛す。

 

                     詩集『鶴』1928(昭和3)年

 

 

 

若き日の犀星は、生活苦のため東京と金沢との間をめまぐるしく行き来する放浪生活を送りましたが、その間も創作活動は絶えることなく続けられました。また、生涯の友、萩原朔太郎と師である北原白秋との交友を深め、次第に新進詩人としての名を高めていきました。

処女詩集『愛の詩集』が刊行されたのは、大正71月、作者30歳の時です。作風は人道的感情に溢れ、貧しく、虐げられた人々に寄せる人間愛を特徴としています。それから8カ月後、第二詩集『抒情小曲集』が世に出て、その自然への愛と繊細な抒情的感覚により犀星は詩人としての地位が確立しました。

犀星はその後、佐藤春夫、芥川龍之介らと親交を深め、「幼年時代」「性に目ざめる頃」などを発表して小説家としても知られるようになりました。今回紹介する詩「せつなき思ひぞ知る」は、犀星代表作のひとつです。家庭を設けて生活も安定し、詩・小説の両ジャンルで多彩な創作活動をしていた頃の作品です。(写真は犀星30歳頃の近影)

 

この詩は第13番目の詩集『鶴』の巻頭に置かれました。詩集『鶴』は、人生への積極的な意欲を詠った作品が多く、「せつなき思ひぞ知る」は詩集を象徴する一篇で、作者39歳の時に作られました。

この詩は、若い時分から馴れ親しんで来ましたが、私にとって長い間、謎でした。謎というのは、集中の〈せつなき思ひ〉がどんな切実さを持った感情なのか、よくわからなかったからです。

では、詩を読み解く前に各行ごとに語釈を列記してみましょう。

 

語註

せつなき思ひぞ知る:切なさは、普通、悲しさ・寂しさなどで胸がしめつけられるような心持ち。だが、この詩では、切実な感動、痛切な思いを表わす。

○われは張りつめたる氷を愛す:氷のように張りつめた、鋭い美しさに共感する気持。

こうした気持は、当然作者自身の中に、同様に緊張した精神状態があることを示す。

○かかるせつなき思ひ:氷の冷たい結晶美によって呼び覚まされた切実な感銘をいう。

〈かかる〉=このような

○その虹のごとく輝けるを見たり:その=張りつめたる氷。それが虹のように輝いているのを見た。

○かかる花にあらざる花を愛す:このような花でない花を愛する。かかる=虹のごとく美しく輝くような。花にあらざる花=張りつめた氷が放射する透明な光をいったもの。

実際は花ではないのだが、花のように美しいので、こう表わした。

○氷の奥にあるもの:氷の奥に感じられるきびしく緊張した精神的、意思的な情熱を指す。

○その剣のごときものの中にある熱情:その=張りつめたる氷。剣のごときもの=氷の固く鋭い輝きを比喩的にいった。作者は張りつめた氷の鋭く美しい輝きの中に、激しく冷たい熱情を感じたのである。

○われはつねに矮小なる人生に住めり:自分はいつも狭苦しく卑小な人生の中に生きている。矮小なる人生=人生がそのものが矮小というより、自分が狭苦しい日常の枠の中にいて、卑俗な毎日を送っていることへの反省から出た言葉。

○その人生の荒涼の中に呻吟せり:その=矮小なる人生。日々の生活が味気なく、低俗空虚なことをいう。荒涼寂寞とした空虚な毎日の生活に、自分は苦しみ悩んでいる。

○さればこそ:そうであるから。〈われはつねに矮小なる人生に住めり/その人生の荒涼の中に呻吟せり〉の2行の内容を受けている。

                      参考文献:小海永二『現代詩の解釈と鑑賞』

 

詩人伊藤信吉は、以下のような詳しい鑑賞文を寄せています。

 

それは密度の極点である。その奥から放射するもの! 花、虹、剣の光彩! そこに張りつめた氷がある。作者の精神の世界にびっしりと張りつめた氷がある。その緊迫感がびしびし刺しこんでくる。人生的な決意と美の意識とがせまってくる。

この詩をつくったとき、作者は自分の生活について、なんらかの新しい決意をうながされていた。氷を踏みやぶってどこかへ切りこむような、そういう激しい決意をせまられていた。

だが、体内から突きあげてくるその情熱は、外部のなにものかをはっきりと対象にしているわけではない。対象はむしろ自分である。「われはつねに狭小なる人生に住めり」という、そういう自分自身に向かっての対決である。日常のささいなことにひっかかったり、古くさい慣習にしばられたり、抵抗のない平板な環境にくずれこんだり、安易な妥協で日を過ごすような、自分の中にあるいっさいの卑俗なものをたたき割ること――そういう自分自身への対決である。私どもの生活の途上にはさまざまな起状や苦渋や動揺があるが、それとは逆に安易な気持ちに落ち込むことがある。危機はそこにある。作者はそれをねらった。自分の中にあるいっさいの卑俗なものをあばき、自分の手で荒々しい抵抗感を( )きたてる。そういう燃えるような情熱を、張りつめた氷によって触発された。

 

私にとって「せつなき思ひぞ知る」は、若き日の長く辛かった受験勉強の日々を思い起こさせます。それはどんな〈せつなき思ひ〉であったか。私の浪人生活は少し特殊でした。

コンピューター技師を目指していた地元国立大時代、文学青年の友人に感化されて二年次で休学。通算2年間、受験のため予備校に入り直し、25歳で東京の私立大学文学部に入学するまで、父母との長い葛藤がありました。文系から理系へ進路変更する学生は珍しくありませんが、私のように常識を覆すような行動は両親には理解不能だったでしょう。私の決心は地元の国立大学への入学を私より喜んだ父の期待を完全に裏切る行為でした。

 

志望校に不合格となった時は、即、大学へ復学すると私が念書を書くことで、両親は精一杯の妥協をしてくれました。休学後、昼は予備校に通い、夜はなおも反対する両親と口論を重ねることが私の日課となりました。志望校に合格した1974年(昭和49)春、父は「あの子は本当に勉強が好きなのだろう」と、無理に自分を得心させた、諦めの言葉を母に呟いて私のわがままを許してくれたと言います。

 

二年の間、堪えに堪え、こらえにこらえた思いは、まさにこの詩のように胸中で凍結していました。しかし、その氷の中には、志望校合格の暁には、文学の道に邁進しようとする情熱が、開花を待ち望んで熱く(たぎ)っていました。〈その剣のごときものの中にある熱情を感ず〉とは、私にとってその時分の感情に酷似しているように思われます。

外に出ようとして出られなかった思い、封印されて凍結した意欲。それが今しも開花しようとして胸の内でもがいているのです。その心理を、犀星は張りつめた氷の緊迫感というイメージを使って表現しました。

 

一気に燃え上がるような情熱ではなく、静かに堪えて揺るぎない強さにまで洗練された情熱。氷りつくような厳しい環境の元で、時節を待ちながら、おのれの意志と意欲を磨きながら、じっと開花の時を待っている人。そんな〈せつなき思ひ〉を抱いている人にこそ、犀星のこの詩はふさわしいと思います。

 

詩作品というものは、自分の体験を通さなければ、あるいは追体験しなければ決して自分のものにはならない。――これは私がいつも掲げている持論ですが、自分の経験に照らし合わせて詩を読み解くということは、自分の過去の出来事の意味をもう一度問い直すことです。それは過去を懐かしむためではなく、過去の過ちや悔いを分析し、その時の感情を詩の力を借りて再体験することで、未来へ活かすためです。

ただ、感動するだけで、その場限りで忘れてしまったら、詩を学ぶ意味は薄れてしまうのではないでしょうか。目の前にある詩のテーマが、もし不条理な出来事であれば、私は過去と向き合い、自分が身の( まわ ) りで体験した不条理な体験を思い起こさなければなりません。自分が安全地帯にいて――無傷で、頭でどんなに分析した所で、真の鑑賞に耐えるものではありません。

 

過去を掘り起こすのが辛い作業であっても、私は作者と同じ情感を共有しなければ、作品を自分のものにすることはできないのです。言葉に責任が持てないのです。

詩の読み解きとは、自分の全存在を賭けてぶつかるものだと思います。思い出したくない過去もトラウマもすべてを総動員して。

こんな私の信念を突き詰めれば、鑑賞文にプライベートな話題が増えるのは当然の結果と言えるかも知れません。でも、それが自分の大切な仕事なんだと、この頃はそう思えるようになりました。

                                                    (この稿続く)

 

 

 

| 室生犀星 | 10:51 | comments(1) | trackbacks(0)
コメント
返歌 せつなさ…に因んで短歌一首です、

店出れば知らん顔した店員の分業されたサービス笑顔
| 井上 勇 | 2017/11/24 12:57 AM |
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