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吉野弘 4 修辞的鋳掛屋


     修辞的(しゅうじてき)鋳掛屋(いかけや)

 

     わが団地村を訪れる鋳掛屋の口上。

     「コウモリガサノ

     ホネノオレタシュウリ。

     ドビンノ

     トウヅルマキノユルンダシュウリ。

     ナベカマノ

     アナノアイタシュウリ。

     なんでもお申しつけください」

 

     マイクを口に押し当てて

     日曜ごとの時間。

     語順がおかしいので

     私は日曜ごとに訂正する。

 

     「鍋釜の穴のあいた修理」を

     「穴のあいた鍋釜の修理」に。

     もしくは「穴のあいた鍋釜の、修理」に。

 

     しかし

     語順訂正にも(かか)わらず

     「穴のあいた修理」の残像呪縛(じゅばく)は強い。

     余儀なく「てにをは」を変え

     「穴のあいた鍋釜修理」とする。

 

     何度目の来訪だったろう。

     私は鍋に穴をあけ

     鋳掛屋の鼻先へ突き出した。

     「穴のあいた修理」を頼む――。

 

     夕方、穴はきれいにふさがれて

     鍋は戻ってきた。

     「いらだっておいでのようですが――」

     と鋳掛屋は微笑した。

     「私は、夜毎、睡眠中のあなたを訪れていますが、ご存知ないでしょう。

      夜いっぱいかかって、人々の傷をふさぎ、朝、立ち去るのですが、私

      の手で傷が癒されたと思う人は、先ず、いないようです。

      それが傷というものでしょう。

      ですから、正確に〈穴のあいた修理〉としか、言いようがないのです」

                            詩集『感傷旅行』1971年

 

この作品を書くきっかけとなったエピソードをご本人から伺ったことがあります。

吉野先生がお住まいの新興住宅地は東京の郊外にあったので、日常、様々なサービス業者の車が訪れていました。その中の一つが、スピーカーから流れる台所用品の修繕屋の口上でした。


初めは、宣伝の口上がちょっと気になるという程度で、その違和感を深く追求することはありませんでした。しかし、休日に寝転んでいる所に毎回、同じ口上が聞こえて来るので、とうとう吉野先生の方が〈根負け〉して、日本語の使い方が何かおかしいと感じた言葉遣いの分析を始めます。


「修辞」というのは、言葉の表現技術という意味になります。ですから、タイトルが意味する所は、言葉の(わざ)を使うヘンな鋳掛屋という案配(あんばい)でしょうか。

 

さて、なぜ作者が執拗に、鋳掛屋の口上を訂正しようとやっきになるかと言えば、鋳掛屋の口上の〈鍋釜の穴のあいた修理〉という日本語を、字義通りに解釈すると、〈穴があいたままで完了する修理〉あるいは〈穴があいたままで良しとする修理〉という意味になると作者は言うのです。


ここの所は一読しただけでは、そのまま受け流してしまいそうですが、よくよく言葉の意味を額面通りに解釈すれば、作者の言う通りになります。

この辺の言葉に対する鋭い感覚は、常人を遥かにしのぐものがあります。

現実に、お鍋の底の穴があいたままで、修理が終わりましたよ、と言われたらお客は怒ってしまうでしょう。

 

しかし、心の世界にでは、まさにそういう不可解なことが起こっていると、作者は訴えます。それが終連で、作者がフィクションを駆使して挿入した、鋳掛屋と作者との夢問答です。


人の心の傷は時間が経てば痛みが癒されるというのは、よく慰めの言葉に使われます。

ところが作者はそれは本当かと疑問を投げかけています。

忘れたように思っても、古傷(トラウマ)に障るような出来事や言葉に出逢うと、またしても忘れたはずの傷みがぶり返す。だから、心の傷は時間が経っても治ることはない。

時間という薬が治せるのは、傷から流れる出血を止めるだけで、傷口そのものをふさぐことはできないのだと。

 

だから、傷口があいたままで、出血を止めた時点で、時間という鋳掛屋は修理を終わるのです。

穴のあいた修理――傷という心の穴が開けっ放しの状態で、心の痛みを抑える修理は完了です。いやはや、なんとも理屈っぽい話で、普段私たちが使うことのない脳の回路を刺激されるので、吉野弘の詩は難解だと言われるのかも知れません。

でも、作者は日常の卑近な話題から読者を詩の世界に案内してくれるので、じっくりと読めばメッセージは伝わってくると思います。

 

「祝婚歌」も、この「修辞的鋳掛屋」も、気休め的なやさしい言葉ではなく、人の心の現実の心理に沿って、作者は慰めのエールを送っています。

心に痛みを持つ人を、どうしたらうわべだけでない、真のやさしさの籠(こも)った詩の言葉で癒せるか、日々、心を砕いているのが吉野弘の詩業であると私は思います。


〈やさしい人格の持ち主〉と評価される詩人像はここから来ているのでしょう。

 

【メモ】吉野 弘 1926年、山形県酒田市生。商業高校卒。18歳の頃、高村光太郎『道程』を読んで感銘。1949年、労働組合運動に専念し、過労で倒れ、肺結核のために3年間療養。1962年、「帝国石油」退社。コピーライターに転職。

1972年、詩集『感傷旅行』で第2回読売文学賞。1990年、詩集『自然渋滞』で第5回詩歌文学館賞。

※吉野弘の代表作品を読むには、『ふたりが睦まじくいるためには』(童話屋)が入手可能です。また、今回ご紹介した「祝婚歌」「生命は」など自作の詩について詳しく綴った詩作入門書『詩のすすめ』(思潮社、新書版)も有益です。

                               (この稿続く)


| 吉野 弘 | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0)
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