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丸山薫 5 「犀と獅子」
 

    犀と獅子

 

   犀が走っていた

   その脊に獅子がのり(すが)っていた

   彼は噛みついていた

   血が噴き上がり苦痛の(くび)をねじって

   犀は天を仰いでいた

   天は蒼くひっそりとして

   ひるまの月が(うか)んでいた

 

   それは絵だった

   遠く密林(ジャングル)の国の一瞬の椿事(ちんじ)だった

   だから風景は黙し

   二頭の野獣の姿もそのままだった

   ただ しじまの中で

   獅子は刻々殺そうとしていた

   犀は永遠に死のうとしていた

 

密林の中で弱肉強食の闘いを繰り広げる野獣を描いた絵(アンリ・ルソーと思われる)から作られた作品です。最後の2行を除く、他の詩行は絵の情況説明です。

絵の中で、ライオンに頸を噛まれた犀は、刻々命を失っています。それと同時に死は永遠に始まろうとしています。

 

〈獅子は刻々殺そうとしていた/犀は永遠に死のうとしていた〉の詩行ほど、絵によって凍結された絶命の時間をこれほどまで正確無比に表現した言葉はないでしょう。

 

「われわれは日頃、不正確や曖昧な伝達に馴らされている。だから正確に告知されたときに異様な衝撃をうけるのだ。それが詩的感動の一つだ」(村野四郎・評)と言われていますが、詩の言葉の凄みを改めて教えられます。

 

 

「犀と獅子」が収められている詩集『物象詩集』の序文にこんな言葉があります。

「私は自分の作品に一貫して流れているひとつの強い傾向を看取することが出来る。それは物象への或るもどかしい追及欲と、それへの郷愁である。それこそ私に詩を書かせる動機となり、また、自分の詩をそれらしく特色づけているものだろう。私と(いえど)も抒情詩が古来伝統するところの自然へのあはれや、人の世の涙につながるこころ意気を排するものではない。しかも詩を企てるとき、心にたたみかかってくるものは物象の放射するあの不思議な陰翳である」

 

この自序で丸山が語る「物象」とは、「存在感の強い詩の題材」と私は解釈しています。

雲、水辺、花といった抒情的な存在だけでなく、錆びた釘、鉄道のレール、コンクリートの壁など無機物でありながら、不思議な存在感をもった素材です。

物象の放射するあの不思議な陰翳〉とは、この実在感のことを指しているように思います。

 

これら物言わぬ存在を、詩の言葉でなんとか表現したい。しかし、これはとても困難な作業ですから、なかなか言葉がついていかず〈もどかしい追及欲〉にかられるわけです。

私も詩集『アンコール』で「信号」という作品を書いていますが、これは未明の信号機の不思議な存在感を描きたくて、詩の言葉で格闘した記録です。丸山薫には到底及びませんが、拙い試行錯誤の跡をご覧いただければと思います。



     信号


     未明 交差点の明るく空しいひろがりの上で

     なおも明滅をくり返す 信号機


     進むものも とどまるものも絶えた今

     色分けた光から 信号の意味はすべり落ち

     あらわになった鮮やかな輪  それは

     闇の奥の時間へ 時間の奥の透明な核へ

     遠く見ひらいているようだ


     ただ 時折 何かの物影がよぎると

     不意に意識を取りもどした瞳のように

     うるんだ色がよみがえる


拙作については、恩師の一人である鈴木亨先生から過分な言葉をいただいていますので、作品解説に代えて掲載します。

「未明の交差点で明滅する信号機を、擬人化することによって、思弁的に、それでいてなまなましくとらえることに成功した作品。なるほど「進むものも とどまるものも絶え」る未明のひととき空しく明滅をくり返す信号機は、〈闇の奥の時間へ 時間の奥の透き通った核へ/遠く視線を放つような不気味な存在でしょう。その不気味さが巧みに描写されています。

この詩の素材は、いわゆる花鳥風月ではありません。信号機という、無機的な、硬質の素材です が、それに息を通わせて〈風流〉の世界を創出しているところが手柄です。〈近代風流〉の境地とでも称すべきでしょうか


 物言わぬ信号機に、どれほど物を言わせたか自信はありませんが、作品「犀と獅子」は、絵が放つ〈物象の放射するあの不思議な陰翳を詩の言葉によって獲得したものと言えるでしょう。


| 丸山薫 | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0)
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