野田宇太郎 4

第4話 北の美学

 

         オホーツクの花嫁

 

 

        記憶の中に今日もひろがる

        晩夏(                 おそなつ)の旅の(はて)知らぬオホーツク海

        その岸辺の小さな漁村の無人駅から

        華麗な若い女が一人

        やさしい横顔だけを見せて

        線路伝いの小径を北へ真直(まっすぐ)に歩いて行った

        どこから来てどこへ行くのか

        その向こうには人影もなく家もなく

        ただオホーツク海の水平線が一筋

        涯しない非情の胸をひろげているばかり

        無人駅から南へ発った列車の窓から

        しだいに小さくなるその人影を見送った

        そして今もはっきりと見つづけている

        海の花嫁のように波音の中を北へ遠隔(とおざか)

        その華麗な孤独が

        荒磯 ( ありそ ) に吹く浜薔薇 ( はまなす )

           の一輪の花になるまで。

 

 

 

 

 

網走方面のオホーツク海 釧網本線北浜駅にて

 

(メモ)ハマナス(浜茄子)。薔薇の一種。夏に赤い花(まれに白花)を咲かせる。根は染料などに、花はお茶などに、果実はローズヒップとして食用になる。晩夏の季語。皇太子徳仁親王妃雅子のお印。

 

文学散歩というライフワークのため、全国を津々浦々、駆け巡ったためでしょうか、野田には旅の詩もあまた数えられます。名も無い北限の漁村、車窓から見たほんの一瞬の光景が、詩人の目によって鮮やかに切り取られています。

 

野田の作品には、この世の中でひっそりと目立たぬもの、一瞬に消え去って跡形も留めぬものへのやさしい眼差しに満ちていると紹介しましたが、この詩もそれを証ししています。

 

(メモ)野田 宇太郎(のだ うたろう、1909年10月28日 - 1984年7月20日)

福岡県出身。朝倉中学卒業後、第一早稲田高等学院英文科に入学。病気により中退。1930年、久留米市で同人誌『街路樹』に参加して詩作を開始。1933年、詩集『北の部屋』を出版。1936年、安西均や丸山豊らと「糧」創刊。1940年、上京。小山書店に入社。その後、『文藝』の編集長を務めた後、東京出版に入社。

1951年、日本読書新聞に「新東京文學散歩」連載。「文学散歩」の名付け親となる。『新東京文学散歩』はベストセラー。1976年、『日本耽美派文学の誕生』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。博物館明治村の常務理事を務め、1977年、明治村賞を受賞。1978年、中西悟堂らと同人誌「連峰」を創刊。出身地の小郡市には、野田宇太郎文学資料館があり、近代文学の名著とされる作品の初版本や、明治・大正期の文芸雑誌、著名な作家の原稿など、各地の文学散歩によって収集された貴重な約3万点が寄贈・保管されている(小郡市立図書館内)。1985年(昭和60年)、小郡市に野田宇太郎詩碑が建立された。

                                                  (この稿 完)

 

 

| 野田宇太郎 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0)
野田宇太郎 3

第3話 傷みの美学

 

              

 

 

             あなたをじっとみていると

             私は真実だけになりました

 

             あなたが濡れているときは

             私も濡れてゆれました

 

             あなたにふれると氷のように

             私はつめたく隔てられ

 

             あなたはいつか私になり

             私があなたになったとき

 

             あなたはひとりみまかって

             私は私を失いました

 

             いまは思い出のかけらばかり

          毀れたあなたのかけらばかり

 

 

恋の絶頂から急落への心理ドラマを、鏡の特性を使って巧みに比喩してみせた作品です。

〈あなたをじっとみていると/私は真実だけになりました〉とは、恋する人の前では本当の自分になる、愛する心に嘘いつわりはないというメッセージを伝えています。

〈あなたにふれると氷のように/私はつめたく隔てられ〉には、安易に相手に身を任せない強さが、〈あなたはひとりみまかって/私は私を失いました〉には、鏡が割れる→恋の対象の喪失→自身の喪失という図式があります。

作者の恋愛体験をうたったというよりは、恋情の推移を鏡のイメージに託して詩的に興じているといった所でしょうか。ここにも、「朝の鏡」「水へつづく階段」と同じように、鏡は物の真実の姿(美)を映すという理念が共通しています。

 

 

 

 

            塔

                      大和薬師寺にて   

 

              風と雨と雲だけがささやきかける   

              高い(あららぎ)の相輪の上で

              舞楽姿の天女たちは

              昼間は凍ったように動かなかったが

              夜になると何処かの空へ

              ひっそりと翔んでいった。

              (夜のなかにも昼があると

               誰も知らない)

              天女たちは思い想いに

              飛鳥の天で馴れた遊びに耽ったすえ        

              或る日一人だけが

              なぜか遅れてかえって来た。

              手と肩に傷を負って、それでも黙って

              また、笛を口に当てた。――

              薬師寺の天女たちは

              今日もその日のままだ。

              しかし、人々は相変わらず塔を仰いで

              たのしげな天の音楽を聴こうとする。

 

 

 

奈良・薬師寺東塔の水煙( すいえん ) がモデルになっています。水煙というのは、塔の九輪(くりん)の上にある火炎状の装飾金具。火炎のデザインですが、火事を避けるため水煙とされています。火事の連想を避け、同時に水難をおさえる意味もこめて名づけたともいわれます。

作中の〈舞楽姿の天女〉とは、水煙に透かし彫りにされている天人たちで、飛天や笛を吹く天人がデザインされています。

この著名な古刹を無工夫に扱えば、観光案内のような作品になりかねません。水煙に着目し、詩的なロマンを創出することで、作者の隠された心の傷みを伝えています。

 

(メモ)薬師寺法相宗(ほっそうしゅう)の大本山。天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見た。その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移された(718)。現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されている。1960年代以降、名物管長として知られた高田好胤(たかだこういん)が中心となって写経勧進による白鳳伽藍復興事業が進められ、1976年に金堂が再建されたのをはじめ、西塔、中門、回廊の一部、大講堂などが次々と再建された。再建にあたっては、「鉄は持って数百年程度、木材(ヒノキ)は千年持つ。鉄を使うとその部分から腐食する。」と主張する宮大工の西岡常一と、「台風や地震、火災からの文化財保護の観点からも鉄筋コンクリート補強が望ましい。」と主張する竹島卓一(元名古屋工業大学)の意見が衝突した。結果、金堂の内陣は鉄筋コンクリートとし、西塔は鉄の使用を極力少なくし木材の乾燥収縮を考慮して東塔より約30センチ高くして再建された。

                                     (この稿続く)

 

 

| 野田宇太郎 | 12:45 | comments(0) | trackbacks(0)
野田宇太郎 2

第2話 水の美学

 

 

         水へつづく階段

                        野田 宇太郎

 

          川沿いの家から

          少女(              おとめ)は水近く階段を降りる

          朝雲の浮く青い空の中に

          そのたちすがたが水に映る

          それから顔を洗う

          一瞬

          水は少女を粉々に溶かして

          澄みきったまま流してしまった

          水鏡に

          ふたたび少女のすがたが克明に映りだす

          あの家のある世界とはまるで違った

          美しい人が髪を()

          顔をかがやかしながら背伸びをする

          それから階段を登りはじめると

          水に映ったその人のうしろすがたが

          女神のように現実の方へ降りていった

 

                     (柳川にて)

 

 

 

水面(みなも)に写った、たまゆらの美の世界を讃美した詩です。鏡に写る影は虚像でありながら、作中で使われている〈水鏡〉は、物の真実の姿(美)を映す、あるいは真実の自分の姿を映すという意味が込められています。

 

この作品は、現実(地上)と非現実(水面)という異なる世界を、緻密に際立たせる構成をとっています。朝、川辺で顔を洗う少女の姿は日常的な光景ですが、それが水に写ると、少女は女神のように輝き始めます。

顔を洗い終え、階段を登る姿は、水に写ると上下が逆さになり、階段を登るのではなく、階段を降りていくように見えます。その様子を、最終行で〈女神のように現実の方へ降りていった〉という卓越した修辞で表現しました。(左図参照)

また、両手に水を掬うと水面が波立ち、水に写った顔が乱れますが、それを〈水は少女を粉々に溶かして/澄みきったまま流してしまった〉という描写は比類のないものでしょう。〈粉々に〉の修辞は、鏡が割れることから生まれた類想表現です。

この作品は末尾に、〈柳川にて〉と記されています。柳川は、福岡県筑紫地方の都市で、市内を掘割が縦横に流れることから水の都と呼ばれています。現代では、作中にあるような風景は見られず、観光名物の柳川の川下りにその名残りを留めています。

                      

                                      (この稿続く)

                          

             

 

 

| 野田宇太郎 | 16:16 | comments(0) | trackbacks(0)
野田宇太郎 1

第1話 鏡の美学

 

        朝の鏡

 

 

     夜来( やらい ) の雨が小さな水溜りを作った

     それは或る朝あけの人げない郊外電車の停留所の片隅のこと。

     今日も遠い勤め通いの娘が一人

     すこし破れた靴を気にしながらやって来て

     一番電車を待っていた。

     その足元の水溜りに

     娘の姿が映り

     娘のうしろの朝やけの雲の薔薇が映り

     うすくれないに娘の周りを染めながら

     少しずつ、少しずつ褪せていった。

     やがて娘はさりげなく

     一番電車で消えてゆくと

     水際にはしばらく空の色だけが流れた。

 

     それから何時ものように

     朝の停留所は騒がしくなり

     陽はきらきらと照りはじめ

     又何時ものように

     何もなかったとでも云うように

     水溜りは踏みつぶされて乾いていった。

     あの娘も、あの雲の薔薇も

     誰一人知る者もないままに消えていった。

 

     神様が地上にそっと置いてみて

    また持ち去った、あの水鏡、水溜り。

 

 

 

野田宇太郎の詩には、この世の中でひっそりと目立たぬもの、一瞬に消え去って跡形も留めぬものへのやさしい眼差しに満ちています。言葉使いは平易でかつ優美、品格があり、鮮明な詩的イメージを読者の胸に残し、多くは語りません。また、作中の女性像がまるで映画のヒロインのように輝いて見える作風があります。

 

野田は、福岡生まれ。8歳で母、18歳で父に逝かれました。30歳で上京、戦中から戦後にかけて文芸誌編集者として、幸田文その他の文壇人を世に送りました。「文学散歩」という言葉の産みの親でもあります。昭和25年、実証的に近代文学を綴る猜験愡曲皚瓩肪綣蝓∩24巻を刊行する偉業を成しています。(写真は、「野田宇太郎文学散歩」全24巻。野田宇太郎文学資料館蔵

 

野田の作品には鏡という題材を扱ったものがいくつかあります。多くは、「朝の鏡」の詩ように自然の中にある鏡――水鏡に写る物の姿に作者独自の美意識を働かせています。

 

普段、誰が水溜りに目をとめるでしょうか。子供の頃なら、水面に逆さに映る街の風景に見とれたこともあるかも知れません。でも大人になると、無用でうっとうしい存在でしかありません。ところが、詩人にとっては、取るに足りない水溜りも大切な題材に変わります。

 

あまり幸せとは思えない、生活にゆとりのなさそうな娘の姿が、ある朝、水鏡に映ります。背後には朝焼けの薔薇色の雲が流れ、娘のシルエットをまるで一幅の名画のように匂い立たせています。宗教画の聖女のような、神々しい輝きさえ主人公が放っていると、私には感じられます。この鏡は何を映すためにあるのでしょうか。人間の目には映らなかった美しさ。現実の中に一瞬現れた、幻のような美しさを、鮮やかに映し出す鏡。誰も気にとめない、この世の片隅にひっそりと、けなげに生きている者をクローズアップするために水鏡は置かれたと作品は語ります。

 

破れた靴を使って、さりげなく主人公の生活環境を暗示する筆さばきに洗練された感性が感じられます。これまで幾度、雨道を歩いても、水たまりに対してこんな思い方、見方をしたことは私にもありません。何ものをも映し出す、この水鏡のように私たちの姿を、人知れず、あたたかく見つめるまなざしがあります。

目立たぬもの、一見、無価値なものに、美しい意味を与えることが詩のすばらしさではないでしょうか。ものに美しい意味を与えることは、ものの価値を認めることでもあるのですから。それゆえ、詩作を最も深い愛情に根ざした行為と呼ぶ詩人もいます。

                                    (この稿続く)

 

 

| 野田宇太郎 | 10:51 | comments(3) | trackbacks(0)
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