スカボローフェア
 私の世代、いわゆる団塊の世代にとって、最大のカルチャーショックと言えば、高校生の時に体験したビートルズの世界でしょう。その少し前の、エレキの元祖であるベンチャーズも大きなインパクトでした。そして、私が青春時代を迎えた1970年代のカルチャーショックは、サイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)です。


彼らはユダヤ系アメリカ人のポール・サイモンとアート・ガーファンクルによるポピュラー音学ユニットでした。1964年にデビュー後、一時解散していましたが、1981年9月には、ニューヨークのセントラル・パークで再結成チャリティコンサートを開いて53万人もの観衆を動員し、世界ツアーを行いました。1982年に初来日し、後楽園球場と大阪球場でコンサートを行っています。

サイモン&ガーファンクルには『サウンド・オブ・サイレンス(The Sound of Silence)』、「明日に架ける橋」(Bridge Over Troubled Water)』など世界的なヒット曲があまたありますが、私が特に愛好しているのが、神秘的なメロディーに魅惑される「スカボロー・フェア」です。


(動画はYouTubeより転載。セントラル・パークでのライブコンサートより「スカボロー・フェア」)

この歌の舞台は、イギリス・ヨークシャー地方の北海沿岸の行楽地スカーバラ(Scarborough の英国式発音)と呼ばれる地です。ここは由緒ある土地で、古代にはローマ帝国の要衝でした。中世末期には重要な交易場として栄え、商人のみならず大道芸人も集まり、815日には45日間の盛大な長期間の市が始まりました。

これがタイトルになっている Scarborough Fair(スカボローの(いち))です。

 

マザーグースにも収録されているイギリス民謡ですが、1970年代にサイモン&ガーファンクルが映画「卒業」で挿入歌に用いて広く知られるようになりました。

この歌は恋人に捨てられた若い男が、冗談口調で彼女が縫い目なしのシャツを縫ったり、海辺の狭い砂浜で広大な土地を見つけるような不可能な仕事を成し遂げれば、彼女を取り戻せるだろうと語っています。裏を返せば、そんな奇蹟のようなことは起こるはずもなく、彼女は二度と自分の許に戻ることはないだろうという悲哀を歌っているのです。

 

歌の中で何度も繰り返される、"parsley, sage, rosemary and thyme" には象徴的意味があるという説があります。

* パセリは消化の助けになり、苦味を消すと言われ、中世の医者はこれを霊的な力があると考えました。

* セージは何千年もの耐久力の象徴。

* ローズマリーは貞節、愛、思い出を表し、現在でもヨーロッパの国々では花嫁の髪にローズマリーの小枝を挿す慣習があります。

* タイムは勇気の象徴であり、歌が書かれた時代、騎士達は戦いに赴く際に楯にタイムの像を付けました。

 

歌中の語り手は4種のハーブを登場させることで、二人の間の苦味を取り除く温和さ、互いの隔たった時間を辛抱強く待つ強さ、孤独の間彼を待つ貞節、出来ない仕事を果たす勇気、彼女がこの不可能事を達成した時に彼の元に戻ってくる願いを歌っているといいます。

 

なお、"parsley, sage, rosemary and thyme" は、当時のハーブ売りの宣伝文句です。

日本で言えば、「さおや〜さおだけ〜」にあたるでしょう。
スカボロフェアー」原詩と日本語訳は次の通りです。



      Scarborough Fair  スカボローの市

 

Are you going to Scarborough Fair?        スカボローの市に出かけるのですか?

Parsley, sage, rosemary and thyme         パセリ,セージ,ローズマリーにタイム

Remember me to one who lives there  あそこに住んでいる人によろしく伝えて下さい

She once was a true love of mine.           私がかつて真実に愛した人に

 

Tell her to make me a cambric shirt  キャンブリック生地でシャツを作るよう伝え

                   て下さい

Parsley, sage, rosemary and thyme         パセリ,セージ,ローズマリーにタイム

Without no seams nor needlework   縫い目も針目もないシャツを作ってくれたら

Then she'll be a true love of mine.     あの人は真実の恋人になるでしょう

 

Tell her to find me an acre of land 1エーカーの土地を見つけるよう伝えて下さい

Parsley, sage, rosemary and thyme         パセリ,セージ,ローズマリーにタイム

Between the salt water and the sea strand   海と砂浜の間の場所を見つけたら

Then she'll be a true love of mine.      あの人は真実の恋人になるでしょう

 

Are you going to Scarborough Fair?        スカボローの市に出かけるのですか?

Parsley, sage, rosemary and thyme         パセリ,セージ,ローズマリーにタイム

Remember me to one who lives there  あそこに住んでいる人によろしく伝えて下さい

She once was a true love of mine.           私がかつて真実に愛した人に

 

 

 

【注1】キャンブリック生地:高級な薄地の麻織物をさすが、生地の片面をつや出し加工した綿布もさす。シャツ、ハンカチなどに用いられる。

1エーカー:約4047屐¬1224坪。サッカーグラウンド1面分。

【注2】アーティストと歌詞の解説はウィキペディアに基づいて構成しています。




| 海外の詩 | 20:41 | comments(0) | trackbacks(0)
薔薇と白菊 2
  「夏の名残の薔薇」が日本で紹介されたのは、1884年(明治17年)。

「庭の千草」のタイトルで音楽教科書『小学唱歌第3編』に掲載されました。当時はまだ海外の民謡・童謡があまり日本に広まっていない時代。『蛍の光』や『蝶々』などが音楽教科書『小学唱歌(初編)』に掲載されたのもちょうどこの頃(1881年)でした。

内容が日本人によって換骨奪胎されたと言えるかも知れません。

ただ、西欧列強に追いつこうとしていた当時の明治政府が、「唱歌」を子供達への格好の情操教育の手段としたという時代背景を考慮してみなければならないでしょう。

 

「夏の名残の薔薇」を歌っている私の一番のお気に入りの歌手は、アイルランド系でニュージーランド出身のオペラ歌手、ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)です。(動画はYouTubeより転載)

Celtic Woman New Journey Live at Slane Castle2007」というライブDVDの中に収録されています。このDVDでは、アイルランド民謡を美しく歌わせたら敵(かな)う者はいないと言われるメイヴ・ニー・ウェルカハ(Meav Ni Mhaolchatha)とデュエットで華麗に歌い上げています。ヘイリーはこの時、19歳。輝くばかりの乙女の美しさが、その透き徹る歌声と共に発揮されています。

 

ケルティック・ウーマン(Celtic Woman)はアイルランド出身の女性5人のユニットです。

なお、「ケルティック」とは、ケルト民族から派生した言葉で、ケルト民族は紀元前ヨーロッパに広く分布し、現在はアイルランド、スコットランドの主要民族となっています。世界的に著名なアーチスト、エンヤもケルト文化の継承者です。

 

今回のライブではオリジナルメンバーに、2003年に高視聴率を記録したTVドラマ「白い巨塔の主題歌「アメージング・グレース」を歌って日本でも有名になったヘイリー・ウェステンラが加わりました。

今まで何度も聞いた馴染みのある唱歌なのに、ケルティック・ウーマンの歌声に乗ると新しい感動の波が押し寄せて来ます。前回の記事「薔薇と白菊 1」でご紹介した原詩をたどりながら視聴してみて下さい。

                                   (完)


| 海外の詩 | 12:26 | comments(0) | trackbacks(0)
薔薇と白菊 1
 

       庭の千草   アイルランド民謡歌詞

         詩・里見 (ただし)

 

       庭の千草も 虫の()

      枯れて さびしく なりにけり

      ああ 白菊  ああ 白菊

      ひとり 遅れて 咲きにけり

 

      露にたわむや 菊の花

      霜に おごるや 菊の花

      ああ あわれあわれ ああ 白菊

      人の(みさお)も かくてこそ


 明治期、翻訳によって原詩のテーマとは大きく変貌した作品がありました。その中で代表的なものが唱歌「庭の千草」です。

「庭の千草」は私の愛唱歌のひとつです。日本でも幾多のソプラノ歌手が歌っています。ある日、「庭の千草」というキーワードでネット検索していたら、「夏の名残の薔薇」という予想外の検索データが出て来ました。

お恥ずかしい話ですが、その時まで私は、「庭の千草」にモトウタがあるとは夢にも思いませんでした。目から鱗とはこのことですね。

 

唱歌『庭の千草』の原詩は、『夏の名残の薔薇』というタイトルです。

アイルランドの国民的詩人トマス・ムーア(Thomas Moore/1779-1852)による詩を、ジョン・スティーブンソン(Sir John Stevenson/1761-1833)が作曲しました。

二つの詩を比べてみると、日本語版では薔薇が白菊に変貌しています。モチーフが変わっただけでなく、詩のテーマも大きく変わりました。原詩では同じ一本の木に咲いた薔薇の群れを通して、友情と家族愛の大切さを訴えています。


以下に、「庭の千草」の原詩と日本語訳を対照させてご紹介してみましょう。


 

         
       The Last Rose of Summer

              夏の名残の薔薇

 

 

 

'Tis the last rose of Summer,             それは夏の名残のバラ

Left blooming alone;                   一輪だけ咲き残る

All her lovely companions      同じ木に咲いた美しき仲間たちはすでに

Are faded and gone;             色褪(いろあ)せ散っていった

No flower of her kindred,          ともに咲く同じ血筋の花もなく

No rosebud is nigh,               小さな蕾すらそばにいない

To reflect back her blushes,       仲間がいれば紅の色を映しあったり

Or give sigh for sigh!           嘆きを分かち合うことも叶うのに

 

I'll not leave thee, thou lone one,     さびしい薔薇よ 私は おまえを

To pine on the stem;          茎の上で嘆き暮らすままにはしない

Since the lovely are sleeping, 愛しい仲間は永久の眠りについているのだから

Go sleep thou with them.                 さあ、共に眠るがいい

Thus kindly I scatter           こうやっておまえを手折(たお)り

Thy leaves o'er the bed         花壇に葉を優しく散らしてあげよう

Where thy mates of the garden             仲間だった花たちが

Lie scentless and dead.           香りもなく散り敷く その上に

 

So soon may I follow,             まもなく私も後に続くだろう

When friendships decay,                  友情が朽ち去り

And from Love's shining circle        そして愛の輝ける団欒の輪から

The gems drop away!  宝石のような大切な人たちがこぼれ落ちる その時に

When true hearts lie withered,        心を許しあった人が枯れ果て

And fond ones are flown,          愛しき者たちも去ってしまったら

Oh! who world inhabit             ああ、誰が生きて行けようか

This bleak world alone?            この凍える世界に独りきりで

 

 

【語註】tisit is の短縮形 kindred:血縁。kind(種類)の派生語

nighnear の雅語 sigh:ため息 theethou(汝)の目的格、「汝を」

pine:やつれる scatter:まき散らす thythou(汝)の所有格、「汝の」

scentlessscent(香り)のない decay:衰える gem:宝石

withere:枯れる fond(優しい) inhabit:存在する bleak:荒涼とした


たった一輪残った薔薇は、同じ血筋の者もなく、生まれ来る子供たちもいません。

仲間がいれば互いの色あいを競って楽しんだり、辛い時は痛みを分かち合うこともできるのに、みんな去っていきました。

作者は薔薇に呼びかけます。孤独な薔薇よ。私はおまえをこのまま寂しいままにしておくのは不憫だ。だから、私が仲間の眠る花壇にやさしく葬ってあげよう。

そして我が身の老い先を思い、名残の薔薇に自分自身を重ねて、私もおまえの後に続くだろうと予言します。(左の絵は旧友Tom君が描いた冬枯れの薔薇)

 

友情が朽ち去り友達がみんないなくなり、愛の輝ける団欒の輪  一家団欒の輪から、宝石のような大切な人たち  かけがえのない家族が失われる、その時に。

心を許しあった人が枯れ果て  老いて旅立ち、愛しき者たちも去ってしまう、その時に。私は後に続く、と。

そんな仲間も家族もいない凍える世界で誰が生きていけるだろう。


人が年老いて、たった一人になってしまう寂寥を痛切なまでにうたっています。

メロディーの美しさとは反対に、ずいぶん寂しい詩ですが、その嘆きを裏返せばいかに仲間や家族の存在がすばらしいものかを訴えているのです。

日本版の「庭の千草」では、人間の高潔な生き方を讃美する内容となっています。


千草(=雑草)も枯れ果て、虫の音も絶えた冬枯れの庭に、遅咲きの白菊がけだかく咲いています。露の重みに耐え、霜の冷たさにも負けず、凛と咲いている。人もこの白菊のように節操(せっそう)をもって生きたいものだ、と。

ここまで来ると翻訳というより、創作、いや“ 替え歌 ”といってもいいですね。

                              (この稿続く)



| 海外の詩 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0)
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