ハリール・ジブラーン「子について」 2
夫婦同士の精神的自立を掲げた結婚を説くジブラーンは、親子の間でも同じように互いの精神的・人格的自立を呼びかけています。特に、親を弓、子をその弓から放たれる矢と譬えた力動的なイメージは、読む者の胸に強く訴えます。

  子について


あなたの子は、あなたの子ではなく、

大いなる生命(いのち)希求(あくがれ)息子()であり娘である。

あなたを経て現れてきても、あなたから生まれたのではない。

あなたと共にいても、あなたに属するものではない。

 

あなたの愛を与えることはできても、

あなたの考えを与えることはできない。

子どもは自らの考えを持つのだから。

その身体(からだ)を住まわすことはあっても、その(こころ)までも住まわすことはできない。

子どもの魂は、あなたが夢にも訪れることのできない、明日(あす)の館に住んでいるのだから。

子どもらのようになろうと努めるのはいいとしても、

子どもらをあなたのようにしようとしてはならない。

生は、後ろに歩まず、昨日(きのう)を待つことはないのだから。

あなたは弓であり、あなたの子は、

その弓から生きた矢として放たれるものである。

この弓を射る大いなる人は、無限の道の上にある標的(しるし)を見、大いなる力で

あなたを曲げたわめ、その矢を速く遠く行かせようとする。

この弓射る人の手で、

あなたが曲げたわめられることを、喜びとせよ。

何故なら、大いなる弓射る人は、飛ぶ矢を愛するごとく、

落ち着いたゆるぎない弓をも愛するのだから。


【註】画像はNishida Kyoukoさんのホームページ

(http://www.levha.net/index.html)から引用させていただきました。



| ハリール・ジブラーン | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0)
ハリール・ジブラーン「結婚について」 2
  夫婦といえども、お互いの人格を独立したものと認め、互いに依存しあってはならない、という結婚観をジブラーンは理想としました。

〈天の風が、あなた方二人の間を舞い抜けられるように〉〈二人の魂の岸辺に、動く海のあることが望ましい〉〈リュートの絲が、同じ楽の音にふるえても、それぞれがひとりであるように〉

これらの章句は、夫婦が精神的に自立することをうながしていますが、何と気品高く味わい深い呼びかけでしょう。

 

ジブラーンが語る結婚観は、フェミニズム(女性解放論)の浸透した現代では、さほど珍しくはないかも知れません。また、現実に彼の説く結婚を実現させた幾組もの夫婦がいることを私たちも見聞する機会があると思います。

 

私が魅了されたのは、その深い思索もさることながら、イメージの宝庫というべき華麗なうたいぶり。学生時代、唯一、翻訳書がある国立国会図書館に折々通い、『予言者』全篇を数年かかって(同図書館は貸出禁止のため)ノートに筆写しました。国境と時を越えて、それほどまでに私は若き日の詩心を揺すぶられたのでした。


| ハリール・ジブラーン | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0)
ハリール・ジブラーン「結婚について」 1

  結婚について

 

夫と妻、二人は共に生まれたもの。

また、永遠(とこしえ)に、共にあらねばならぬもの。

たとえ、白き死の(はね)が、あなた方の日々を毀そうとも、共にあるもの。

そう、たとえ神の静かなる記憶(おもいで)の中にあっても、共にあらねばならないもの。

しかし、共にいるということの中にも、空間(へだたり)を置きなさい。

天の風が、あなた方二人の間を舞い抜けられるように。

 

お互いに愛しあいなさい。

しかし、愛の絆をつくってはいけない。

あなた方二人の魂の岸辺に、

動く海のあることが望ましいのだから。

お互いの盃を満たしなさい。

しかし、ひとつの盃から飲んではいけない。

お互いのパンを分ち与えなさい。しかし、同じ(かたまり)から食べてはいけない。

共に歌い、踊り、楽しみ合いなさい。

しかし、お互いにひとりであらねばならぬ。

ちょうど、リュートの絲が、同じ楽の()にふるえても、

それぞれがひとりであるように。

 

お互いの心を与えあいなさい。

しかし、お互いが心を抑えあってはいけない。

大いなる生命(いのち)の手だけが、あなた方の心をくるむことができるのだから。

一緒に立っていよ。

しかし、近よりすぎてはいけない。

寺の柱も離れて立ち、樫の木も、絲杉の木も、互いの蔭の中では育たないのだから。

                       詩集『予言者』


【註】画像はNishida Kyoukoさんのホームページ
(http://www.levha.net/index.html)から引用させていただきました。


| ハリール・ジブラーン | 18:20 | comments(0) | trackbacks(0)
ハリール・ジブラーン「愛について」 2

人生観を詩で語る場合、作品が破綻しやすい理由は、作者の哲学、思想をそのまま観念的・抽象的表現で綴るために、まるで評論のような堅苦(かたくる)しい文章になってしまうことです。

恩師高田敏子先生は、「芸術とは堅苦しいことを書くのではなく、人に陶酔感を与えるもの」とおっしゃっていました。

 

「人に正しく生きなさい、というのは誰もが言って来たこと。それを童話のキツネの譬えや、キリストの比喩、親鸞などの説法は具体的にわかりやすく表現した。彼ら以前の宗教は堅苦しいことばかり言っていた」と、高田先生は指摘しておられました。

私たちは自分の考えを具体的に、味わい深く、詩的イメージを駆使して語りたいものです。私にとって、思想詩のモデルともいうべき詩人に、ハリール・ジブラーンがいます。

 

ハリール・ジブラーン(18831931)は、レバノンの詩人。主著『予言者』(1923年刊)は、今もアラビア諸国のみならず欧米、南米、中国まで世界的に親しまれています。

日本では残念ながら訳書はわずかでほとんど知られていません。かく言う私も大学の講義で米国人教師から紹介されて、初めてその存在を知りました。

ジブラーンはカトリック司祭の名門の家に生まれたが、彼の小説が反国家的とみなされ、教会からも破門されて祖国追放となりました。29歳から米国に永住。35歳に渡仏し、彫刻家ロダンの許で3年間学んでいます。

 

ロダンの影響からでしょうか、彼の著作にはあまたの自筆画が挿入されていますが、いずれも裸形の人体を組み合わせた夢幻的な作風です。生来病気がちで、48歳の壮年の盛り、ニューヨークで病没しました。

 

詩集『予言者』は、物語の形式を取り、主人公の予言者アル・ムスターファーはオルファリーズという町で帰郷の船便を長年待っていました。ついに故里の船がやって来た日、町の巫女が、別れに際して人生の知恵を授けてくれるよう懇願します。

そして巫女や町の住人が次々と人生の幾多の根源的問題を問い、予言者が答えていきます。

愛、結婚、子供、仕事、喜びと悲しみ、信仰、善と悪など26のテーマが詩編の形で語られるのです。


「愛について」は詩集『予言者』の冒頭に掲げられている詩です。

ジブラーンの愛の考えは、男女の愛だけでなく、国家・同胞への愛、信仰・正義への愛と高次の広がりを持っています。

  愛の翼に隠れた剣が身を傷つける。愛は北風のように夢を砕く。愛は十字にはりつける。愛はむち打って身を裸にする。

これらの(たと)えには、愛を成就させるためには常に自己犠牲を伴うという思想が伺えます。

これは信念を貫いた結果、若くして教会、祖国から追放された彼の苦渋が色濃く反映しているのではないでしょうか。


【註】画像は詩集『予言者』の表紙絵。Nishida Kyoukoさんのホームページ
(http://www.levha.net/index.html)から引用させていただきました。


| ハリール・ジブラーン | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0)
ハリール・ジブラーン「愛について」 1
   愛について
          ハリール・ジブラーン
小林 薫訳

 

愛があなたを招く時は、愛に従いなさい。

たとえその道が、苦しく険しくとも。

愛の翼があなたを包む時は、愛に身を任せなさい。

たとえ羽交(はが)いに隠された愛の(つるぎ)が、あなたを傷つけるようになろうとも。

愛があなたに語りかける時は、愛を信じなさい。

たとえ北風が花園を荒らすように、その声があなたの夢を砕くようになろうとも。

愛は、あなたに王冠をいただかせると共に、あなたを十字に()りつけるもの。

 

愛とは、あなたを育むと共に、刈り込むもの。

愛とは、あなたの高みに登り、陽に震えるいと柔かなる枝を愛撫するごとく、

あなたの根元に降りて、地にしがみつこうとするその根を揺さぶるもの。

 

愛は、麦束のように、あなたと愛を一つにする。

愛は、あなたをむち打って、もみのように裸にする。

愛は、あなたをふるいにかけ、殻から抜け出させる。

愛は、あなたをこね回し、しなやかにする。

このようにして、愛は、あなたを聖なる火の上に置き、あなたは神の聖なる(うたげ)の、聖なる糧になる。

 

これらすべては、愛の(わざ)。そしてあなたは自分の心情(こころ)の秘奥を知り、そこで知りえたことは、大いなる生命(いのち)の一部となる。

 

しかし、怖れの故に、愛の平安(やすらぎ)快楽(けらく)のみを求めようとするならば、

その裸身をおおって、愛のむち打つもみ床から去るほうがよい。

笑っても、心ゆくまで笑いえず、泣いても、すべての涙を出しつくしえぬ

(とき)なき世界にはいるほうがよい。

 

愛は、愛のほかに何ものをも与えない。愛は、愛のほかに何ものをも奪わない。

愛は所有もしなければ、所有もされないもの。

愛は、愛に満ちているから。

愛する時は、〈神はわが心にあり。〉と言ってはいけない。

〈われは、神の心の中にあり。〉と言うべきである。

あなたは、愛の辿る道を示すことができると思ってはいけない。

愛は、愛に値するとわかれば、あなたの辿るべき道を示してくれるから。

愛は、愛自身を充たすほかに、何の欲も持ってはいない。

しかし、愛し、欲望があるならば、次のことを欲望とせよ。

一つに融け、その旋律(うた)を夜に向かって(うた)い、流れる小川のようになることを。

あまりにも優しいことの苦しみを知ることを。

愛を理解()ることによって傷つくことを。

そして、快く、喜びのうちに血を流すことを。

翼もて飛び立つ心で明け方に目覚め、愛の新たなる日を感謝することを。

昼は、愛に憩い、愛の喜悦(よろこび)を深く想うことを。

夕べは、感謝の心で家路につくことを。

そして、心にある愛する者のために祈り、唇に讚美の歌を口ずさんで眠りに就くことを。

                      詩集『予言者』


【註】画像はNishida Kyoukoさんのホームページ
(http://www.levha.net/index.html)から引用させていただきました。


| ハリール・ジブラーン | 12:10 | comments(0) | trackbacks(0)
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