自らの人生への納得 3

柳田さんの著書『砂漠で見つけた一冊の絵本』にも、ネルロの言葉を裏付けるエピソードが紹介されています。

 

1996年早春、神奈川県郊外のホスピスに末期がんで入院していたチェリストが小さな演奏会を開きました。N響の首席チェリスト、徳永兼一郎氏(55)でした。内蔵の一部を切除する積極的な治療を受け、再起を期していましたが、下半身が動かなくなるほど病状が進行していました。それでも徳永氏は「もう一度だけでも、聴衆の前で演奏したい」という強い願いを抱いていました。

 

弟で同じくN響のコンサートマスターだった徳永二男(つぎお)氏が中心になって、兄の願いを実現するために企画されたのが、ホスピスのホールでの演奏会でした。自分で立つこともできない徳永氏は、看護師らの介添えで背中にクッションをあてがい、車椅子で姿勢を安定させました。チェロのピンも人手を借りて固定してもらい、ホールに集まった友人・ホスピスの患者・医師・看護師など約80人が見守りました。

 

もはや大曲を弾くだけの体力はなかったので、選曲はカザルスが世界に広めたチェロ独奏曲「鳥の歌」を含む二つの小曲でした。「鳥の歌」は、二男氏を始め仲間のチェリストなど数人の弦だけの伴奏に囲まれるようにして、徳永氏がソロで弾きました。「鳥の歌」は生命の永遠なることを語るために用意された、魂の歌ではないかと思わせる演奏だったそうです。

 

二曲の小楽章が静かに閉じられた時、拍手の中、二男氏が立ち上がって兄の側に歩み寄り、握手をしました。車椅子から立ち上がれない徳永氏は右手で弟の手を握ったまま、顔を伏せました。肩がかすかにふるえ、顔には涙が流れていました。

念願の演奏を終えると、徳永氏は鳴り止まぬ拍手の中を、車椅子を押されて振り向くことなく病室に戻っていきました。徳永氏はその後、二度とチェロを弾くことなく、二カ月半後に旅立ちました。

 

その後、NHKのTV番組「最期のコンサート――あるチェロ奏者の死」が放送されました。

徳永氏のホスピスにおけるラスト・コンサートを友人が撮影していたビデオが丁寧に紹介されていました。「人前で泣いたことのない徳永氏がはじめて見せた涙」と、ナレーションは語っていました。

 

〈残された日が限られていることを知っていた徳永氏が、厳しい病状からは信じられないような生命のエネルギーを発揮して、聴衆の前で弾きたいという念願を達成した時に、頬を伝って流れた涙。その涙は何を意味していたのだろうか〉――そんなことを柳田さんは考えている内に、少年時代に読んだ物語の最後の情景が、突然頭に浮かんだそうです。

その物語がウィーダの『フランダースの犬』でした。柳田さんの脳裏に徳永氏の映像に重なって唐突に浮かんだ『フランダースの犬』の情景とは、ネルロが涙を流す場面でした。

 

徳永兼一郎氏が体力的には大曲に匹敵するほどだった小楽章を引き終えた時、頬を流れた涙もまたネルロの涙と共通するところがあったのではないかと、柳田さんは分析します。

勿論、演奏会を実現してくれた弟への感謝の気持もあったろうし、人生半ばにして演奏活動ができなくなったことへの無念の気持もあったでしょう。様々な思いが一気に噴き出したのでしょう。柳田さんは、「私の勝手な解釈を許してもらうなら、もう一度だけでも聴衆の前で演奏をしたい、という願いが達成できたことで、自らの人生とその締めくくりへの納得が得られたことが、感情の噴出のいわば核になっていたのではないかと思うのだ」と記しています。

 

この世に生まれて、いくつもの願いが叶って生を終える人がいるでしょうか。

わずかひとつでも夢が実現すれば幸運な者であって、多くの人は無念を抱いたまま天に召されていきます。私は学生時代、夢にまで見た上京が叶い、恩師に巡り会い、進むべき道を与えられました。それだけの事を思っても、自らの人生に納得しなければいけないと思い、柳田さんに出会った御蔭で、(おご)りやすい自分を鎮められるようになりました。

 

 

以上の記事は講演会や柳田さんの著作からの引用を基に作成した記事です。言わば、受け売りに過ぎません。しかし、柳田邦男という優れた先達の解き明かしがなければ、私にとって絵本は子供のものという浅薄な認識に留まり、一生、絵本を開く機会はなかったでしょう。運命的な出会いであったと感謝しています。

なお、引き込まれるような魅惑的な挿絵を描いた画家は、柳田さんの妻である伊勢英子さんです。

 

【メモ】柳田邦男(やなぎだ くにお、193669 - )、ノンフィクション作家、評論家。
航空機事故、医療事故、災害、戦争などのドキュメントや評論を数多く執筆。妻は絵本作家。(写真は伊勢英子絵本原画展での柳田夫妻。鹿沼市デジタル・コミュニティ推進協議会のサイトより転載)

1936年、栃木県鹿沼町(現:鹿沼市)生。1960年、東京大学経済学部卒業。同年NHKに入局、広島放送局へ配属。1963年、東京へ戻り、社会部に配属。1966年に遊軍記者として「全日空羽田沖墜落事故」「カナダ太平洋航空機墜落事故」「BOAC空中分解事故」を取材。

1971年、これらの事故を追ったルポルタージュ「マッハの恐怖」を発表、第3回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1974年、NHKを退職、現在までノンフィクション作家として活躍。以前は航空評論家として航空機事故が発生した際にNHKの解説委員として出演することも多かった。主に事故、災害など「クライシス・マネジメント」に関する著書の他に、「零戦燃ゆ」などの戦史ノンフィクションも手がける。

1985812日、日本航空123便墜落事故発生当時、NHKでは本人作のドラマ『マリコ』が放送される予定だったが、本人は事故当時自宅に居た。当時NC9(ニュースセンター9時)のキャスターだった木村太郎からの出演要請により多摩の自宅からタクシーで1時間かけて入局し、以後このドラマを中断して始まった報道特別番組に航空評論家として出演。局に向かうタクシーの中で、テレビの1-3チャンネルが受信できる携帯ラジオを使ってNHKテレビのニュースを聴きながら事故の全貌を分析したという(本人著:「事実の考え方」新潮社)。

1995年、心を病んだ次男が自殺する体験を綴った「犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日」を発表、第43回菊池寛賞を受賞。それ以降、精神論・終末医療などの著作が増え始め、その中で若者や若者文化(ネット・ゲーム・携帯電話)への強い批判を表明。

20057月、日本航空「安全アドバイザリーグループ」の座長に就任。2005年、環境省「水俣病問題に係る懇談会委員」(2006年迄)2008年、毎日新聞社「開かれた新聞」委員会委員。2008年、子どもの徳育に関する懇談会委員。

2011年政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の委員長代理に選出される。

                           (ウィキペディアを基に記す)



| 柳田邦男 | 08:29 | comments(0) | trackbacks(0)
自らの人生への納得 2
柳田さんが『フランダースの犬』を再読したのは60歳を迎えた年でした。その3年前、愛息が25歳の若さで自ら生命を絶つという事態を経験していました。息子の突然の死からしばらくの間、柳田さんは何もする気になれず、心は乾き切った沙漠のようで、ほとんど「離人症」と呼ばれる状態でした。

 

そんなある日、気がつけば児童書のコーナーに立って、平積みの絵本を眺めていました。

そんなことは十数年振りのことでしたが、息子が幼かった頃が懐かしく、そちらへ足が向いたのだろうと柳田さんは述懐しています。

その中の一冊、『風の又三郎』のカバー絵に柳田さんは釘付けになります。その幻想的な絵に吸い込まれるようにして頁をめくると、少年時代に振り戻されるような感覚に陥りました。荒涼たる沙漠を彷徨(さまよ)うなかで、突然緑に囲まれたオアシスに出会った感じでした。

それ以来、現在の心境に合った新刊やロングセラーの絵本を読むのが楽しくなりました。

そんな日々の中で、柳田さんが再発見するようになったのは、すぐれた絵本や物語は実に深い語りかけをしていること――人間のやさしさ、すばらしさ、残酷さ、よろこびと悲しみ、生と死について実に平易に、しかも密度濃く表現していることでした。

 

柳田さんは、人は人生において三度、絵本や物語を読み返すべきだといいます。

多くの人は、自分が幼い時と、親になって子供を育てる時の二度、絵本や物語を読むだけで、子供が成長すると目を向けなくなってしまいます。しかし、『フランダースの犬』が語っている、死の受容について欠かすことのできない〈自らの人生への納得〉という普遍的な問題は――その大切さを自分の生き方にまで結びつけて読み取るということは、人生の後半になってからか、厳しい病気を背負うようになってから読まなければ、なかなかできないことだと柳田さんは説いています。

つまり、人生後半になって絵本や物語に親しむのは、その人の内面的な成熟に結びつく営みなのだと。

 

柳田さんが小学校時代に『フランダースの犬』読んだ時の印象と言えば、まるでこの世の不幸をすべて背負ったような哀れな少年と犬の物語というのが、この物語のイメージでした。

しかし、半世紀を過ぎて読み直した時、この物語は全く違う意味を持って迫って来ました。

 

思いどおりにならない人生、辛いことの多い人生、数々の悔いの残る人生。そんな中にあっても、振り返ってみれば、やさしいおじいさんとの日々はあったし、心の通い合った愛犬パトラッシュとの楽しい思い出もたくさんあった。そして、死ぬ前にせめて一度だけでも見たいと願っていたルーベンスの大作を、一瞬差し込んできた月の光によって見ることができた。

 

「ああ、神さま、これでじゅうぶんでございます。」というネルロの言葉は、まさに自らの人生とその終結への納得を意味しているに違いない。それゆえにこそ、「よろこびのなみだ」が頬を伝ったのだ。柳田さんはそう悟ったのでした。ネルロはわずか15歳で死を迎えたけれど、その波瀾に満ちた一生は見事な内実を持っていました。だから、終幕において念願のルーベンスの絵に出会えた時、「これで、じゅうぶんでございます」という、自分の人生を全面的に受け入れ、死をも受け入れる言葉が出て来たのだと柳田さんは語っています。

                                 (この稿続く)

 

| 柳田邦男 | 09:24 | comments(4) | trackbacks(0)
自らの人生への納得 1
 オリンピックのおかげで不眠の日々を過ごし、感動の涙で顔をベタベタに濡らしている内に、ブログの更新を怠ってしまいました。残暑を乗り切るためにも、またキーボードを打ち続けようと思います。

ふとした機縁で広島市近郊で行われた講演会に足を運びました。講師は、ノンフィクション作家の柳田邦男氏。航空機事故、医療事故などの評論を数多く執筆している硬派の論客が、どうして絵本について講演をするのか、不思議でした。しかし、その疑念は柳田さんのお話を聴いてすぐに氷解しました。

 

柳田さんは多くの絵本を手に持って、聴衆に読み聞かせるように頁をめくっていきました。その中で特に私の印象に残ったのは、あの名作『フランダースの犬』でした。

恥ずかしながら私は『フランダースの犬』という世界的な名作をまともに読んだことがありませんでした。TVのアニメなどで断片的に見知っただけで、細かいストーリーなどには無知でした。皆さんはどんな物語かよくご存知だと思いますが、ざっとおさらいしてみましょう。

 

主人公の少年ネルロは、身体の不自由なおじいさんの代わりに、愛犬パトラッシュに荷車を引かせて牛乳を売りに行く貧しい暮らしをしていました。舞台はベルギーのアントワープ近郊です。15歳になったネルロはベルギーを代表する巨匠ルーベンスのような画家になることを夢見ていました。

 

そこで絵画コンクールに応募しました。最優秀賞には美術学校の奨学金が与えられるからです。その矢先、おじいさんは亡くなり、冷酷な管理人から家を追い出されてしまいます。

クリスマスイヴの厳寒の日、ネルロは食べ物もなくさまよい歩くうちに、最後の望みを託して絵画コンクールの発表を見に行きます。しかし、最優秀賞は金持ちの息子が裏工作で獲得していました。

 

最後の望みを絶たれたネルロは吹雪の吹きすさぶ深夜、飢えと寒さでふらふらになりながらも大聖堂に辿り着きます。普段はおおいがかけてあって、大金を払わないと見れないルーベンスの大作『十字架をたてる』と『十字架からおろす』という二作を、死ぬ前に一度見たいと願ったからです。

 

ネルロはおおいをはがしましたが、深夜の大聖堂は暗闇で、絵を見ることは出来ませんでした。彼は絶望して石畳の上に倒れ、パトラッシュに「ふたりで、ここで死のう」と言います。

ところが、奇跡的に雪がやみ、雲の切れ間から差し込んだ月光が、ルーベンスの絵をくっきりと浮かび上がらせたのでした。

ネルロは思わず立ち上がり、両手をさしのべて、「とうとう見たんだ!」と叫びます。

その顔には喜びの涙が流れました。

柳田さんの記憶に残っているストーリーとはこのようなものでした。そして脳裏に強く刻まれていたのは、このネルロが涙を流す場面だったそうです。柳田さんは半世紀ぶりに読み直しましたが、子供の頃から何回も読み返していたので、記憶に誤りはありませんでした。

 

  ――青ざめた顔に、よろこびのなみだが光りました。

 「とうとう見たんだ!」

 ネルロは声をふりしぼって、さけびました。

 

確かにそう書かれていました。しかし、それだけではありませんでした。その後に、ネルロの言葉が続いていました。

「ああ、神さま、これでじゅうぶんでございます。」

柳田さんは、この言葉を読んだ時、この物語の本当の意味――女流作家ウィーダが語ろうとしたテーマを初めて掴めたといいます。それは、〈自らの人生への納得〉だと、美しい言葉で柳田さんは総括しています。

                                (この稿続く)




| 柳田邦男 | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0)
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