リンドバーグ夫人『海からの贈物』 2
 詩集ではない、リンドバーグ夫人のエッセイ『海からの贈物』を今回取り上げたのは、そこに散文を越えた詩的美しさが満ち溢れているからです。

例えば、何度も繰り返されるキーワードの、「こぼれる」という言葉。少しずつ失くなっていくという一般的な意味を進化させ、女性が自分を見失っていくという高度の意味に昇華させました。

 (写真は1931(昭和6)年、来日時のリンドバーグ夫妻。Webサイト「アマナイメージズ」より転載)


女はいつも自分をこぼしている――言い換えれば、与えることを強いられている。

少女時代は両親の家事を助け、結婚してからは夫や子供のために献身的に尽くし、老いては家族の介護に専心する。自分自身の自由な時間は少なく、自分を犠牲にして与え続ける、すなわち「こぼし」続ける人生を余儀なくされやすい。だからこそ〈女は満たされることが必要である〉。

 

では、満たされるにはどうすればいいのでしょう。リンドバーグ夫人はその答を絶妙な表現で語っています。―― 一人になること、とつめた貝が答える。しかも答を直接に表現するのではなく、貝の口を借りて語る所に、詩的な香気が立ち昇って来ます。

なぜなら、詩と散文を分つ大きな要素に、イメージで語るという特質があるからです。

 

直接表現でなく、何かのイメージに託して味わい豊かにメッセージを伝えるのが、詩の伝達方法です。その意味で、『海からの贈物』の各章の目次を拾ってみると、ほら貝、日の出貝、牡蛎、たこぶね、という興味を引くタイトルが並んでいます。

そんな海辺の貝がらに思いを託し、女性の喜びや悲しみを考え深く綴った、詩情に満ち満ちた詩集にも匹敵する名著だと思います。

 

(注釈)

「私の杯は溢れる」という聖句は、詩編235節の「あなたはわたしの敵の前で、わたしのために宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます」から引用されています。
強盗に襲われた旅人が助けを求めて、とある天幕に逃げ込む。天幕の主人は旅人を危険から守るだけでなく、襲った敵の面前で宴を開き、その頭に香油を注ぎ、最高のもてなしを施す。
その行為をキリストの愛になぞらえ、(しゅ)は危機に瀕している者を温かく受け入れ、愛による最高のもてなしとして、聖霊の油を注がれ、心は感謝の思いに溢れるという解釈が行われています。


 ツメタガイ(砑螺貝/津免多貝)は、肉食性の貝で他の貝に穴をあけての肉を食べる、アサリの天敵です。繁殖力が強くアサリ等の漁獲対象種を食害するため、漁業被害の原因となる害貝です。時に大発生して潮干狩り場を全滅させることもあります。


 【メモ】アン・モロウ・リンドバーグ 1906年(明治39 - 2001年(平成13

1906年、アメリカ、ニュージャージー州エングルウッドに生まれる。1927年に、メキシコで飛行家チャールズ・リンドバーグと出会い、1929年に結婚。自身も操縦・通信の技能を身につけ、女性飛行家の草分けとなる。1931年に夫妻で東洋への調査飛行を行い、その経験を題材にしたNorth to the Orient『翼よ、北に』(みすず書房)で作家デビュー。

1932年、長男が誘拐、殺害されるという事件を乗り越え、飛行と執筆活動を続け、多くの著作を著した。小説Listen! the Wind1938)、詩集The Unicorn and Other Poems 1935-19551956)、日記(全5冊)などのほか、1955年に書かれたエッセイ『海からの贈りもの』(立風書房、1994)は、全米でベストセラー。200195歳で逝去。



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リンドバーグ夫人『海からの贈物』 1

   つめた貝


  私は波の音の律動や、背中や足の皮膚にじかに差す日光や、髪に(かか)る波の飛沫(しぶき)にさらされているのを快く感じながら、浜辺の端まで歩いて行った。そして千鳥のように、海に入ってまた出て来た。それからびしょ濡れのまま、一人で過ごした一日の気持で満たされて、酔った感じで家に帰る。私は、まだ少しも欠けていない月や、(ふち)で一杯にされた茶碗と同じ具合に満たされている。聖書の詩編に出て来る、『私の(さかずき)は溢れる』という言葉には特殊な意味があって、私は急に恐くなり、自分を満たしているものがこぼれないためにも、誰も来ないように、と祈る。

 それが女というものだろうか。女はいつも自分をこぼしている。子供、男、また社会を養うものとして、女の本能の(すべ)てが女に、自分を与えることを()いる。時間も、気力も、創造力も、女の場合は凡て機会さえあれば、一つでも洩る箇所があれば、そういう方向に流れ去る。女は喉を乾かしているもののために絶えず自分というものを幾らかずつこぼしていて、縁まで一杯に満たされるだけの時間も、余裕も与えられることが(ほとん)どない。

(中略)与えるのが女の役目であるならば、同時に、女は満たされることが必要である。しかしそれには、どうすればいいのか。

 一人になること、とつめた貝が答える。誰でも、そして殊に女は、一年の或る部分、また毎週、及び毎日の一部を一人で過ごすべきである。

                               同書「つめた貝」抄


 

朝日新聞に毎週一度、「100歳・私の証 あるがまゝ行く」と題した日野原重明先生のエッセイが連載されています。

77日付の記事「生と死が混じり合う人生の河口」で、日野原先生は〈レスパイト respite〉という言葉を紹介されていました。

〈レスパイト〉とは、英語で「現場を離れた一時的な精神の休養」という意味で、ホスピス医療の分野では、ホスピスやPCU(緩和ケア病棟)に短期間(12週間)入院するという、

新しい発想による入院形態です。

 

患者は一時的な休息のために入院・入所し、そこで気持を整理して、いつでも死を迎えられる心の備えをするのです。続けて日野原先生は、同類の言葉に〈リトリート retreat〉があると紹介されました。日々の雑事から一時的に離れ、自然の中で心を洗い、生きる意義を感じるという意味であると。そして、リトリートの精神を実践した女性として、米国の飛行士チャールズ・リンドバーグの妻アン・リンドバーグに触れています。

 

リンドバーグ夫人には、『海からの贈物』という名著があります。

5人の子供の母親でもあった彼女は、ひととき家庭を離れ、海辺の家を借りて、浜辺で貝殻を拾って持ち帰っては毎夜、思索にふけります。これこそ、リトリートの精神だと日野原先生は書いておられます。

 

『海からの贈物』は1955年、アン・モロウ・リンドバーグが49歳で出版しました。もう半世紀以上前の書物ですが、国や国境を越えて再版を重ね77版という驚異的な数字に到達しています。読者の感想(アマゾンのサイトへの投稿)では、「女性として、社会の雑音や家庭の雑事にとりまかれて次第に見失っていく自分自身を取り戻すための本。海の貝殻達からあたえられるメッセージを通して読みすすむうちに波音とともに次第に自由になっていくように感じます。全ての女性に一度はよんでほしいとおもいました」

「都会や日常生活から離れた環境において、年輪を重ねた人間だからこそできる自分自身との対話。ずっと手元に置いておいて、私自身が年齢を重ねた後も読みつづけたいと思います。きっとそのたびに得るものがあると思います」

仕事、家事、育児……etc. 毎日多忙極まりない女性がいて、もしもその女性が心弱っていたら……。私は、この本を迷わずおススメします。リンドバーグ夫人のあたたかな優しい文体(翻訳の吉田健一氏が素晴らしい!)に、身も心も包まれるようにどんどん癒されていきます。そして、女性に生まれて本当に良かった、と思える本でした

この本を読んでいると、心の平和というのは個人的努力によってのみ達成されるものであって、集団や組織によってもたらされるものではないことが骨身に染みて理解できます。そこには家族から一時的に離れることまでもが含まれています。なにより意志の強さが必要ってことです!

ほら貝や日の出貝など身近な生き物にふれながら自分の暮らし方を見つめなおしているこの本には他人との関わり方や自分の時間を持つことの重要性や自然との接し方など忘れかけていたことを思い出させてくれます。また最近あった出来事を照らし合わせてみたりして感慨深くなることがあります」などの多くの讃辞が寄せられています。

 

これらのコメントに共通するのは、自分の内面を見つめる静かな時間を持つこと、シンプルに生活することの大切さです。現代社会の複雑性に翻弄される私達にとって、時代を越えて貴重な示唆を与えてくれる一書に違いありません。

                                 (この稿続く)



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