『夜と霧』を読む 8
 第8話 それでも人生にイエスと言う

■運命は贈り物

苦しみの中味は人によって違う。そこに大きな意味があるとフランクルは言います。

「どんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。誰もその人の身代わりになって苦しみを、とことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引き受けることに、ふたつとない何かをなしとげる、たった一度の可能性はあるのだ

誰もがその人だけの苦しみ、そして運命を持っている。運命とは天の賜物(たまもの)。その人だけに与えられた贈り物だと、フランクルは考えていました。

 

「運命はドイツ語で、Schicksal(シクザール) といって、schicken(シッケン) は送るという意味があります。おそらく神様からギフトとして送られたもの。それが運命なのかな。人類史始まって以来、二人として同じ人はいない。運命はその人だけにしか与えられていない。だから贈物だと。

世の中で成功するかしないかを我々はよく運命と置き換えるけど、フランクルは運命をもっと本質的な問題として言っていると思いますね」(姜尚中)

 

フランクルは、現代人は失敗か成功か、水平軸の上だけを行き来していると言っています。

水平的(フラット)な人生を生きることになってしまっていると。ちょっと喜んだり、辛いことがあったり、グルグル行き来している状態です。生きる意味を感じるような、精神の厚みが足りない。フランクルが現代社会に復活させるべきだと言っているのは、垂直軸です。つまり絶望の極みにおいて生きる意味を問い始める。そして、ものすごい人生の深みに達したり、ものすごい高みに昇って行ったりする。私達現代人が生きる意味を日々感じながら生きるためには、精神性の高みにのぼる垂直軸を取り戻すことが必要ではないか、とフランクルは提唱しています。

 

「市場経済というのは、横軸だけで生きているわけですね。成功か、負け組か、勝ち組か。でも、成功したってそれがどれだけ意味があったんだろうか。失敗をした。しかし、そこには意味がある場合もある。失敗の意味を問うことは、市場経済ではほとんど失われている。そうすると、悩むことを知らない人も出てくるし、あるいは悩みに対して免疫力がない。だから、垂直軸の深みですよね。これが本当に人間には必要です」(姜尚中)

 

■「むなしさ」と向き合う

経済的な豊かさを追い求めて来た現代社会。そこに豊かさゆえの苦悩が生まれることをフランクルは指摘しています。1972年、フランクルがカナダの大学の講演で語った言葉です。

「 “意味”の喪失感は今日非常に増えています。とりわけ若者の間に広がっています。それは空虚感を伴うことがよくあります。昔のようにもはや伝統的価値観が何をすべきかを教えてくれません。今や人々は基本的に何をしたいのかさえもわからなくなっています

 

「私達の社会がこんなに豊かに便利になったはずなのに、生きる意味が見えにくくなっていく。何を信じたらいいのか、どう行動したらいいのか、ということは個々人が決断しなければいけない。何故なら自由があるから。我々は伝統的価値とか、あるいは宗教的な価値から解放されて、個人が自由になった。個人が自分で何を信じるかを決めればいい。どう行動するかを自分で決めなさい、と投げ返されているわけです。でも、結局、それを見出そうとしても、自分を見つめれば見つめるほど、矛盾の中に入り込んでいってしまう」(姜尚中)

 

フランクルは、今の時代に足りないのはストレスが足りないと言っています。ストレスが多すぎるのではなく、足りない。そしてプレッシャーが足りない。緊張感がない。これが現代の大きな問題だと。

フランクルは、「実存的緊張」という言葉を使っています。その意味は本来こうありたいという自分と現実との葛藤で苦しむことです。この実存的緊張があっていいはずですが、緊張感がない社会になってしまって、ちょっとストレスを感じると免疫がありませんから、心がポキっと折れてしまう。そういう時代になって来つつあるということをフランクルは1960年代にすでに言っています。

 

一例ですが、昔は電話が中々繋がりませんでした。ですから、相手が出ると、いてくれたんだという繋がった喜びがありました。しかし、今は携帯電話は繋がるのが普通だから、呼び出し音が何回鳴っても相手が出ないとイライラする。ストレスに(すご)く弱くなっていることを思います。

「今の我々はとにかく欲望を満たすことが幸せで、欲望を極大化させる社会。結局、見たいものだけを見たい。それはテレビの番組もそうだし、ネット上もそうなるわけですよね。

見たいものだけを見ることが閉塞感を作り出している。見たくないものから目を背けないことが真剣に“悩む”ことに繋がる。フランクルは我々の社会を見る、先見の明があったと思います」

(姜尚中)

 

■「過去」は宝ものになる

フランクルは人生を砂時計に譬えて説明しました。

――未来は現在を通過して過去になる。

多くの人は年を取ると未来が残り少なくなってしまうと嘆きますが、フランクルはそれを否定します。「苦悩から逃げずに生き抜いた時、過去はその人の人生を豊かにする、かけがえのない財産になる」と語り続けました。

「体験したすべてのこと、愛したすべてのもの、成し遂げたすべてのこと、そして味わったすべての苦しみ――これらはすべて忘れ去ることはできないことです。過去となったものはすべて消え失せるというのは間違っています。逆なのです。“過去”というのは、すべてのことを永遠にしまってくれる、言わば“金庫”のようなものです。思い出を永遠に保管してくれる金庫なのです

 

多くの人がこの瞬間が大事ということを言いますが、フランクルのように過去こそ一番大切で確実なものだという者はいません。フランクルは、生きられなかった時間は永遠に失われてしまうけれども、生き抜かれた時間は時間の座標軸に永遠に刻まれ続けると言います。

「我々が若いから価値があるとよく言いたがるんですけど、それは間違いだと思います。だから年をとることは決して恐れることではない。むしろ、自分の金庫に忘れ難いものがたくさんたまっていくことと考えるべきでしょうね」(姜尚中)

 

私達が今、『夜と霧』という本に出会い、フランクルの言葉を身体の中に入れる意味は相当深いと思われます。

「一番心の中に蓄えてほしい言葉は、人間は人生から問いかけられているものである。そして、どんなに人生に絶望しようとも、人生があなたに絶望することは決してない。何かや誰かのために出来ることがきっとある。これがフランクルの一番のメッセージだと思います」(諸富祥彦)

 

「この『夜と霧』はユダヤ人が日々、大変無意味な世界の中に入れられた記録です。

にもかかわらず、“それでも人生にイエスと言う”のは大変な意味があったと思います。それぞれにその人にしかない運命的な状況がある。そのことを311日は示してくれたと思う。何が起きるかわからない、そういう不安の中で我々は生きているけれど、しかし人生にはイエスと言う。これはフランクル的なメッセージとして、311日を経たからこそ、その意味をしっかりともう一度噛み締めるべきかなという感じがしますね」(姜尚中)

 

――それでも人生にイエスと言う――

これは強制収容所の囚人達の間で歌われた歌詞の一節でした。フランクルは晩年までこの言葉を語り続けました。どんな状況でも人生には意味がある。『夜と霧』は今、私達の心に強く訴えかけて来ます。

 

【メモ】ヴィクトール・エミール・フランクルViktor Emil Frankl,1905326日〜199792日)オーストリアの精神科医、心理学者。

1905年ウィーンに生まれる。ウィーン大学在学中よりアドラー、フロイトに師事し、精神医学を学ぶ。ウィーン大学医学部精神科教授、ウィーン市立病院神経科部長を兼任。「第三ウィーン学派」として、また独自の「実存分析」を唱えた。精神科医として有名であるが脳外科医としての腕前も一級であった。

第二次世界大戦中、ユダヤ人であるが為にナチスによって強制収容所に送られた。この体験をもとに著した『夜と霧』は、日本語を含め17カ国語に翻訳され、60年以上に渡って読み継がれている。発行部数は英語版だけでも900万部に及び、1991年のアメリカ国会図書館の調査で「私の人生に最も影響を与えた本」のベストテンに入った。また、読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査でも、翻訳ドキュメント部門の第3位となった。

フランクルのロゴセラピーは収容所体験を基に考え出されたものではなく、収容される時点ですでにその理論はほぼ完成しており、はからずも収容所体験を経て理論の正当性を実証することができたと言われる。極限的な体験を経て生き残った人であるが、ユーモアとウィットを愛する快活な人柄であった。学術関連などで度々日本にも訪れた。


(この記事は、NHK教育テレビ『100de名著 フランクル 夜と霧』の番組コメンテイターである、明治大学文学部教授・諸富祥彦氏、東京大学大学院教授・姜尚中氏と司会者の発言を基に筆者が再構成したものです。記事中の画像はTV画面より転載)

 

(参考文献)

 NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版

 ヴィクトール・フランクル『夜と霧』みすず書房

                                          (『夜と霧』を読む 完)


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『夜と霧』を読む 7
 第7話 まっとうに苦しむ

■「苦しみ」の意味

ユダヤ人の精神科医が2年半に及ぶ過酷な強制収容所での体験を綴った『夜と霧』

著者ヴィクトール・フランクルが収容所の中で考え続けたこと――それは自分達を(さいな)む苦しみにはどんな意味があるのかということでした。フランクルは晩年まで、人生の苦しみとどう向き合えばいいのかについて語り続けました。大学の講演の一節です。

「人間は目的意識を持てば、単に愛したり楽しむだけでなく、誰かのために、何かのために苦しむこともできるのです

 

人生の悩みと正面から向き合う生き方を提唱している政治学者・姜尚中(かんさんじゅん)(東京大学大学院教授)さん。高校時代に出会ったフランクルに強い影響を受けたといいます。

17歳の中途半端な時期に、他人に丸太が架かっていて、それを渡ると大人の世界に行く。でも、なかな丸太を渡れない。そんな逡巡(しゅんじゅん)している時に、フランクルの本をちらっと読んで目から鱗というんでしょうか。悩むということは決してネガティブなことではない、と大きな発想の転換になりましたね」

 

苦悩というものをフランクルはどう捉えていたのか。『夜と霧』の中から見てみましょう。

強制収容所でフランクルは苦しみについて、ひとり思索を深めていきました。

「多くの収容者の心を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるかという問いだった。生きしのげないのなら、この苦しみのすべてには意味がないというわけだ。しかし、私の心を(さいな)んでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、私達を取り巻く、このすべての苦しみや死には意味があるのかという問いだ。もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない

 

身の周りにあふれる苦しみや死。その意味を考える中でフランクルは苦しみや死と、どう向き合うかが最も重要なのだと思うようになります。フランクルが凄いのは、苦しみと死が充満している所で、苦しみと死の意味を考えることでしょう。

「まっとうに苦しむことはそれだけでもう精神的になにごとかをなしとげることだ。

苦悩とそして死があってこそ人間という存在は、はじめて完全なものになるのだ

 

姜尚中さんは、フランクルの言葉の意味を次のように解釈しています。

「苦悩は人間の本性です。しかし、我々はまず幸福状態になりたい、どうしても苦悩を避けたいと願う。しかし、それは人間の本性とは逆の方向に目標を設定していることになります。そもそも苦悩というのは、幸福からの単なる逸脱状態ではなくて、人間の本性そのものなんです。苦悩とは暑さを我慢するストイックなイメージがあるんですけど、そうではなくて人間性の最高の価値は苦悩するところにおいて現われてくる。だから、芸術家も俳優も落語家も大体、私生活で苦悩した人がいい芸をしています」

 

姜尚中さんの著書『悩む力』は、フランクルのように苦悩することに価値を見出しています。著書のタイトルの通り、人間だけに与えられた『悩む力』のすばらしさを訴えています。

 

フランクルは2つの苦悩を考えました。ひとつは、「意味のない苦悩」=苦悩するがための苦悩、悩むがための悩みに陥っている状態。もうひとつは、「意味のある苦悩」=何かのため、誰かのための苦悩。

つまり人生からの問いを引き受ける中で悩むことと、悩みのために悩むマゾヒチックな悩みを区別しています。

 

「フランクルの言葉の“ まっとうに苦しむ ”――まっとうに、というのは、真面目に。真面目とは、具体的な問いに具体的に応えていく。だから他者との対応の中ではじめて人間の苦悩に対する回答も出て来る。それが出来なくなった時、自己意識の罠に引っかかって、結局は苦悩自体が自己目的化する」(姜尚中)

 

自分と向き合うことよりも、「自分探し」をすることはフランクルから見ると、本来の苦悩とは違います。我を忘れて取り組んでいる、何かのために、誰かのために、その時に意味で満たされるのであって、自己愛的にクルクルと自分探しをしている間は、自分は見つからないのです。

 

「我々はどうしても比較をして、何故あの人は幸福なのに自分は不幸なのと。ルサンチマン(怨念)になったりネガティブな感情になる。しかし、それを逆転させる可能性がある。

自分は今、苦悩の中にある。そこに人間の尊厳がある。それをしっかり受け止めて、まっとうに苦しむことを、人間として最も崇高なことかも知れないと思うと、そこから何か自分が変わっていく」(姜尚中)

 

苦しんでいることは、苦しむ本人にとっては大変なことですが、それこそがとても人間らしい状況だとフランクルは語っているのです。

            苦悩の意味

 

生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない。

       『夜と霧』霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房 168頁


 ある夕方のこと、被収容者の一人が食糧のジャガイモを盗んだため、共同責任として全員に一日食事抜きの罰が科せられ、その上に停電が起こり、みな苛立(いらだ)ちは頂点に達していた。そのような中、フランクルはリーダー格の仲間から、自分たちはいかにして「自己崩壊による死」を防いだらよいのか、みなの前で話してほしいと乞われた。フランクルは闇の中で、仲間達を前に自分たちが直面している苦悩の意味について語り始めた。そして、たぶんこれからのち、自分たちがかなりの確率で払わねばならないであろう生命の犠牲の意味と、それでもなお人生は意味をもちうるということについて、言葉を尽くして語った。

 

私はわれわれの犠牲について語った、すなわちそれがどちらにせよ意味をもっていることを語った。この世では一見何の成果も得られないかのように見えるということは……たとえ政治的理念による自己犠牲であれ、また他者のための自己犠牲であれ……犠牲の本質に属していることであるが、しかし犠牲は意味をもつものだと語った。(中略)そしてその収容所に入れられた最初に、いわば天と一つの契約を結んだある仲間の話をした。すなわち彼は天に、彼の苦悩と死が、その代りに彼の愛する人間から苦痛にみちた死を取り去ってくれるようにと願ったのである。この人間にとっては苦痛と死は無意味なのではなくて……犠牲として……最も強い意味にみちていたのである。意味なくしては彼は苦しもうと欲しなかった。同様に意味なくしてわれわれは苦しもうとは欲しないのである。この究極の意味をこの収容所のバラックの生活に与え、また今の見込みない状況に与えることが、私の語ろうと努めたことであった。

                               同 191―192

(参考文献)

 NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版

 ヴィクトール・フランクル『夜と霧』みすず書房

                                                (この稿続く)


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『夜と霧』を読む 6

第6話 人生最終の価値は態度価値


自然や芸術的な体験だけではなく、フランクルは『夜と霧』の中で以下の不思議な体験を記しています。

早朝、極寒(ごっかん)の身を切り裂くような風が、収容所から作業場へ向う薄着の彼らを吹き付けます。ほとんど誰もが口をきかない中、フランクルの隣りの男がつぶやきました。「なあ君、もしわれわれの女房が今われわれの姿を見たとしたら! 多分、彼女の収容所はもっといいだろう。彼女が今われわれの状態を少しも知らないといいんだが」

それを聞いた時、フランクルは不思議な体験をしました。

「私の目の前には、妻の面影が立ったのであった。私は妻と語った。私は彼女が答えるのを聞き、彼女が微笑するのを見る。私は彼女の励まし、勇気づける眼差しを見る。たとえそこに居なくても。彼女の眼差しは今や昇りつつある太陽よりも、もっと私を照らすのだった」

 

           極寒の早暁に立った妻の幻

 

時々私は空を見上げた。そこでは星の光が薄れて暗い雲の後から朝焼けが始まっていた。そして私の精神は、それが以前の正常な生活では決して知らなかった驚くべき生き生きとした想像の中でつくり上げた面影によって満たされていたのである。私は妻と語った。私は彼女が答えるのを聞き、彼女が微笑するのを見る。私は彼女の励まし勇気づける目差しを見る――そして、たとえ、そこにいなくても――彼女の目差しは、今や昇りつつある太陽よりももっと私を照らすのであった。その時私の身をふるわし私を貫いた考えは、多くの思想家が叡智のきわみとしてその生涯から生み出し、多くの詩人がそれについて歌ったあの真理を、生まれて始めてつくづくと味わったということであった。すなわち愛は結局人間の実存が高く(かけ)り得る最後のものであり、最高のものであるという真理である。私は今や、人間の詩と思想とそして――信仰とが表現すべき究極のきわみであるものの意味を把握したのであった。愛によるそして愛の中の被造物の救い――これである。たとえもはやこの地上に何も残っていなくても、人間は――瞬間でもあれ――愛する人間の像に心の底深く身を捧げることによって浄福になり得るのだということが私に判ったのである。収容所という、考えうる限りの最も悲惨な外的状態、また自らを形成するための何の活動もできず、ただできることと言えばこの上ないその苦悩に耐えることだけであるような状態――このような状態においても人間は愛する目差しの中に、彼が自分の中にもっている愛する人間の精神的な像を想像して自らを充たすことができるのである。

         『夜と霧』霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房 123124頁


 

女性の読者で一番感動したという人が多いシーンです。フランクルは結婚して9か月で収容所に入れられ、妻と引き離されました。実際に妻と一緒にいることのできた時間は極めて短かかったのです。けれども妻が自分を支えてくれた愛は、収容所で経験したあらゆる苦難よりも大きかったと語っています。

 

「妻は亡くなっていたが、そんなことは問題ではない。あの時私は本当に妻と対話をしていたし、それは過去に過ぎ去った思い出だったかも知れないけれど、本当に愛した思い出があれば、それはずっとそこに残り続けるんだ」とフランクルは言っています。

心から愛したという思い出があれば、単なる思い出であっても、人の人生を一生支え続ける力を持っているのです。


       思い出すだけで生きる支えとなる

 

愛する人間が生きているかどうか――ということを私は今や全く知る必要がなかった。そのことは私の愛、私の愛の想い、精神的な像を愛しつつみつめることを一向に妨げなかった。もし私が当時、私の妻がすでに死んでいることを知っていたとしても、私はそれにかまわずに今と全く同様に、この愛する直視に心から身を捧げ得たであろう。

                   『夜と霧』霜山徳璽訳 みすず書房 125頁
 

今回の東日本大震災で多くの人が大切な人や家族を(うしな)いました。そうした人達にも過去の愛した記憶がきっといつか支えになるという、フランクルからのメッセージのひとつかも知れません。過去に家族と触れ合った体験は永遠に現にそこにあり続けるのだと。

 

フランクルの診療の中でこんなエピソードがあります。高齢の夫婦の妻が亡くなってしまいました。残された男性が鬱病になり、打ちひしがれた姿でフランクルの所にやって来ました。「愛し合った妻がいない。カラカラと時間が過ぎてゆくだけ。こんな私の人生にこれ以上生き続ける意味があるんでしょうか」フランクルンは男性にこう問いかけました。

「もしあなたが先に死んで奥様が残されていたらどうだったでしょうか」

男性は答えます。「おそらく妻も私を喪ったことに同じように苦しんでいると思います」 

フランクルは「そこにあなたが生きている意味があるんです。つまり、あなたが今辛い思いを体験しているために、奥様が辛い体験をせずにすんだのです。そこに生きる意味があると言ったのです」と言って励ましました。


態度価値――人生にどう向き合うか

収容所生活の中で医師の仕事を任されるようになったフランクル。ある時、彼は発疹チフスにかかっていた若い女性と出会います。


この若い女性は自分が近いうちに死ぬであろうことを知っていた。それにも(かか)わらず私と語った時、彼女は快活であった。「私をこんなひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ。以前の生活で私は甘やかされていましたし、本当に精神的な望みを持ってはいなかったからですの。あそこにある木はひとりぼっちの私の、ただひとつのお友達ですの。この木とよくお話しますの」「木はあなたに何か返事をしましたか。」「しましたって」「では何て木は言ったのですか」「あの木はこう申しましたの。私はここにいる――私はここに――いる。私はいるのだ、永遠の命だ」

 

収容所で自分が死ぬという間際に運命に感謝する。私達もそういう態度で生きられたらいいのですが、中々そんな覚悟、境地は持てません。

「態度価値――人間はどんな状態に置かれてもある態度をとることができる。この価値は最後まで失われない。どんな時にあっても、人生には意味があるといえる最終的根拠」とフランクルは説きます。創造価値、体験価値が失われた人間であっても、死を自覚したこの若い女性のように態度価値だけは残っている。それが三つ目の最後の価値であると。

 

人生があと数時間しかないとしても、人生に対する態度を変えることで人生を意味あるものに変えることができます。死を目前にしたような状況もそうですが、現代日本のような格差社会での懊悩(おうのう)も同じです。どんな家に生まれるか、どんな容姿に生まれるか、は選べません。けれど、与えられた状況に対して人間はある態度を取ることができます。

 

フランクルのメッセージは、普通に生きている私達でも十分に通用する真実だと思います。しかし、絶望している人が人生に対して、すぐに態度を変えることはできないでしょう。

それでも、諸富先生は、「フランクルが語った言葉がどこかで種として残り続ける。それがある時ある状況で、ある場面を迎えた時に、ふっと花開くと思います。本当に必要な時に、その言葉が生きて来る時があると私は信じます」と語っています。

 

あなたの人生であなたを待っている何があるだろう。それを見つけて実現していくのが、創造価値。あなたの人生であなたのことを待っている誰がいるんだろうか。それを発見して実現していくのが、体験価値。そして、創造価値、体験価値の可能性が奪われても、たとえ人間のあらゆる自由がなくなったように見えても、そんな厳しい状況に対してある態度を取ることができる。これによって実現できるのが、態度価値です。

創造価値、体験価値、態度価値。これら三つの価値を手がかりにして、皆さんも自分の人生を振り返っていただければありがたたいと思います。

 

(この記事は、NHK教育テレビ『100de名著 フランクル 夜と霧』の番組コメンテイターである、明治大学文学部教授・諸富祥彦氏と司会者の発言を基に再構成したものです。記事中の画像はTV画面から転載

 

(参考文献)

 NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版

 ヴィクトール・フランクル『夜と霧』みすず書房

                                                (この稿続く)


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『夜と霧』を読む 5
 第5話 生きる意味を見つける手がかり
 

■創造的価値――情熱を傾ける

強制収容所の絶望的な状況の中で、過酷な運命と向き合った人達。そこには生きる力を与えてくれる三つの手がかりがあったとフランクルは語っています。

フランクルがアウシュビッツ強制収容所に連れて来られた時、彼は精神医学の論文を隠し持っていました。出版されれば処女作になるはずでした。フランクルにとっては自分が生きた(あかし)。上着の裏に縫い付けてまで守りたいものでした。しかし、大切な原稿は服もろとも没収、処分されてしまったのです。

 

それでもフランクルは絶望しません。過酷な収容所生活の中で紙の切れ端を手に入れ、わずかな時間を見つけては原稿の復元を試みました。何としても論文を仕上げ、世に問いたい。収容所でフランクルを支えたのはこの原稿の存在でした。

フランクルはすごい高熱を出しました。しかし、彼の誕生日に囚人がくれた紙の切れ端に鉛筆で高熱にうなされながら、原稿の復旧作業に取り組むのです。自分の仕事に対する執念と言う他はありません。

 

人が何かの作品を作り上げたり、あるいは自分がなしていく仕事を通して実現していく価値のことを、「創造価値」と呼んでいます。例えば、芸術作品を作るとか、著作を執筆するとか。

と言っても、創造価値を作っていく上で大事なのは、仕事の大小ではない、と言っています。

フランクルの講演を聴いた若者が、「先生はいいですよ。多くの人の役に立っています。けれど私は洋服屋の店員ですよ。毎日決まった仕事をただこなしていくだけ。こんな自分の人生に意味や価値があると言えるんでしょうか」

 

フランクルは、「それは関係ない」と答えました。「創造価値とは、人の“ 喜び ”」を創っていくものです。芸術作品や論文執筆だけでない、すべての仕事を通して実現される価値なのです。誰かが喜んでくれるという思いを持ちながら作品を作っていく。そのプロセスにおいて実現される価値が、創造価値といっていいでしょう」と。

 

体験価値――心ふるわす経験

労働に疲れ果て、収容所の土の床にへたり込んでいたフランクル達。その時、一人の囚人が外から飛び込んで来て言いました。「おい、見てみろ! 疲れていようが、寒かろうが、とにかく出てこい!」


しぶしぶ外に出たフランクル達が目にしたものは、あまりにも見事な夕焼けでした。

「私達は暗く燃え上げる雲に覆われた西の空を眺め、地平線一帯に黒鉄(くろがね)色から血のように輝く赤までこの世のものとも思えない色合いで、絶えず様々に幻想的に形を変えていく雲を眺めた」

一人の囚人が誰に言うでもなくつぶやきました。「世界はどうしてこんなに美しいんだ・・・」自分達の状況とは関係なく存在する美しい自然。それを見た時、彼らは辛い生活を一瞬でも忘れることができたのです。フランクルは言っています。「あなたが経験したことはこの世のどんな力も奪えない」

 

体験価値とは、私達が大自然に囲まれ圧倒的な感動に包まれる時、あるいはものすごい芸術作品――オーケストラの音楽に打ち震えている時に、人生に意味があるかい? と聞かれたら、あるのに決まってるじゃないか、と答えるに違いありません。人生に意味があるかないかという問いが、不問になってしまうような圧倒的な心ふるえる体験。そんな感動によって実現される価値が体験価値です。

 

でも、私達が本当に苦しくて心の余裕が全くない状況下では、自然の美しさなんて無であると思ってしまいます。これに対してNHKテレビ講師の諸富祥彦(もろとみよしひこ)先生は、「本当に苦しい時の美しさ。本当に苦しい時の笑い。そういうものが人の心を引きつける。極限状態の中で美に感動する能力が人間特有の力だとフランクルは考えています」と説かれました。

 

私達日本人にとっては、満開の桜を眺めた時の、声も出なくなるような感動があります。

体験価値は誰でも、どこかで知っているものなのです。個人的なエピソードを上げて恐縮ですが、不治の(やまい)を患った父が入院中、看護の行き帰りに目にした紅葉の美しさが、私の「体験価値」を形作ったことがありました。その時の印象を基に「冬の代価」という拙作を綴りました。

 

         冬の代価

 

       父の()す病院から
       毎夕 川岸の道を帰途につく

       冬の川面は青銅の色に沈み
       並木は夕陽を浴びて金に
       薄くたなびく雲は銀に映える

       水に銅 地に金 天に銀

       これら冬の財宝が
       父を看護した私への
       今日一日の報酬
       日没と共に消え去る
       はかなく清い代価
                      詩集『白夢』

 

十年近く前、高齢の父を介護するため、私は妻と交替で、終日を病院で過ごす日々を送っていました。入院した父に私達夫婦ができる世話は限られていました。すでに手遅れだった父に確たる治療法はなく、家族に残されたのは、身の回りの世話と、病人の小さなわがままを聞くくらいです。


ある冬の夕暮れ、病院からの帰途、鮮やかな夕映えが眼に残りました。それは一日の疲れを癒すような荘厳な輝きでした。私にはそれが、父への看護に対する天からの「代価」=報酬であるかのように感じました。フランクルの唱える体験価値を、私は自分なりに追体験することができたのです。

 

この記事は、放映されたナレーションをほぼそのまま引用し、番組コメンテイターである明治大学文学部教授・諸富祥彦(もろとみ よしひこ)さんと司会者の発言を基に再構成したものです。記事中の画像はTV画面から転載)


(参考文献) NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版
       ヴィクトール・フランクル『夜と霧霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房

       諸富祥彦 『夜と霧 フランクルの言葉』コスモスライブラリ

                               (この稿続く)


| ヴィクトール・フランクル | 10:39 | comments(2) | trackbacks(0)
『夜と霧』を読む 4
 第4話 人間は人生から問われている者

ロゴセラピー

精神科医として生涯、悩み苦しむ人にカウンセラーとして向き合ったフランクルの独自の診療方法は、「ロゴセラピー」と呼ばれています。ロゴセラピーとは、ロゴス(意味)によるセラピー(癒し)という意味です。ロゴセラピーでは、本人が生きる意味を見出し、人生を築いていくのを支援していくのです。ロゴセラピーとは、患者に「生きる意味」を発見させる心理療法なのです。

 

ロゴセラピーのエッセンスは、次のようにまとめられます。

どんな時も、人生には、意味がある。

なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。

この人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」がある。

あなたを必要とする「誰か」がいる。

そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見されるのを「待って」いる。

「何か」があなたを待っている。

「誰か」があなたを待っている。

私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって必要とされ「待たれている」存在なのだ。

だから、たとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出す必要はない。

あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」と言うことのできる日が必ずやってくるから。

いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、人生の方からあなたに「イエス」と光を射し込んでくる日が、いつか、必ずやってくるから。

 

■収容所体験の意味

私たちは物事が意のままにならないことが続くと、つい「人生は無意味」だと思ってしまいます。周りの人が「そんなことはない。意味はある、やけにならないように」と言われてもたいていは気休めにしか聞こえません。あまり心に響かないのです。

ところが、フランクルが言うと違います。実感があるのです。それは何といっても、彼が強制収容所でこの世の生き地獄を経験し、愛する家族も根こそぎ奪われて、それでも虚無に陥らず、「どんな時も人生には意味がある」と訴え続けた人だからでしょう。

 

「ロゴセラピー」という言葉をフランクルが初めて用いたのは、21歳の時です。

3年にわたる強制収容所体験は、それまでフランクルが積み上げて来た考えを実践する究極の機会となりました。フランクルの理論はより強固なものになったのです。

その時の覚悟をフランクルはこう語っています。

おまえはこれまで、人生について、しかも人生の意味について書いたり語ったりしてきた。そしてこの人生の意味は無条件のもので、いかなる状況においてもそれは失われることはない、と言って来た。たとえ苦しみが取り除かれない時でも、その苦しみから何らかの意味をつかみ取ることができるはずだ、と。……さあ、ヴィクトール、今度はおまえ自身がそれを生きる番だ。       フランクル86歳の時のインタビュー「いかにして生きる意味を見出すか」

 

フランクルはこのように我が身に命じ、収容所での悲惨な経験を意味あるものに転化していったのです。

 

■人間は、人生から問いかけられている

人生とは皮肉なものです。例えばリストラで仕事を失い、経済的困窮がもとで奥さんと子供が実家に帰ってしまう。そうした心労とストレスによってうつ病になり、その上両親も介護が必要となる――といったように辛い出来事が追い打ちをかけるように連鎖して起こることが少なくないのです。

 

こんな時、人は天に向かって問いを投げかけます。

「いったい、なぜ、私がこんな目に遭わなくてはいけないのか。こんなことにどんな意味があるというのか」と。今回の東日本大震災の被災者の多くが同じ思いに(とら)われたのではないでしょうか。しかし、フランクルはこうした人生の嘆きに対して全く異なる視点から人生を捉え直すことを提案します。フランクルによると、「人生の意味」の嘆きは、その問いの立て方そのものが間違っているというのです。というのも、「人生の意味」は、そもそもこちらから問うことのできる性質のものではないからです。

 

私たち人間がなすべきことは、生きる意味はあるのかと「人生を問う」ことでなくて、人生の様々な状況に直面しながら、その都度、「人生から問われていること」に全力で応えていくこと、ただそれだけだと言うのです。

 

  人間は、人生から問いかけられている

  

ここで必要なのは生命の意味についてもの問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。

            『夜と霧』霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房 183頁

 

人間は「人生から問われている者」である――これがフランクルの基本的な理念です。この観点から考えると、人が自分の主観で人生に意味があるかないかを決めようとする姿勢が、そもそも傲慢なものだということになります。

人間にできること、しなくてはいけないことは、人生の様々な状況に直面しながら、その都度その都度、現実から発せられてくる「問い」に全力で応えていくことである。そうすることで自分の人生に与えられている「使命(ミッション)」を(まっとう)うすることにある、とフランクルは言うのです。


多くのカウンセリングでは、こう問いかけます。

「あなたはほんとうは何を望んでいるのでしょう」

「それを見つけるために、あなたの心の内を覗いてみましょう」と。

それに対してフランクルの心理学では、

「あなたの内側に何かを探し求めないでください」

「あなたの心の内側を覗き込まないでください」と言います。

そして、次のように問うていくように促します。

「この人生から、あなたは何をすることを求められているのでしょうか」

「この人生で、あなたに与えられている意味、使命は何でしょうか」

「あなたのことを必要としている誰か、あなたのことを必要としている何かが、この世界にはあるはずです。その誰かや何かに目を向けましょう」

「その誰かや何かのために、あなたにできることには何があるでしょう」

 

■母の介護で実感したフランクルの教え

しかし、フランクルのこの言葉を自分自身の生き方として感得するのは、そう簡単なことではありません。私もそうでした。私がフランクルの考えを実感として受け止めることができたのは、母の介護を経験することになってからでした。

 

台所で尻餅をついてから母は腰に力が入らなくなり、床の上で過ごすようになりました。

それでも最初のころは自分の力で半身を起こして、自分で食事を摂れていました。

当時、私は母と別居していたのですが、食事の時だけ母の世話をすれば済みました。

しかし、このような生活が2年目に入った頃には、母は自力で起き上がれなくなり、まさに“ 寝たきり”の生活を余儀なくされました。

 

もう、食事の時だけの世話では終りません。終日、介護が必要になりました。

私達夫婦は交代で母の家に寝泊まりするようになりました。この時点では、まだ家族で介護していたのですが、母の要介護度が進むにつれて、食事、排泄、着替えに多くの時間と労力がかかるようになりました。家族で介護するのは限界になりました。

 

それでも、介護ヘルパーの支援を頼むのはためらわれました。なぜなら、ヘルパーという「他人」を家に入れることに心理的な抵抗があったからです。また、母も他人の世話になるのを(いと)う世代の生まれでもありました。しかし、迷っている余裕を許さないほど、母の体力は日々失われていきました。「いったい、なぜ、私がこんな目に遭わなくてはいけないのか」と嘆くゆとりもなく、私たち家族は介護という深刻な問題に直面しました。

まさにフランクルの唱えるように、人間は「人生から問われている者」であるのです。母の気持を尊重して自分達で介護した方がいいのか? それとも、ヘルパーという他者の支援を受けた方がいいのか? 人生が発する様々な問いに応えていかなければなりませんでした。

 

結局、私達は訪問介護事業所を開設した友人の勧めに従って、ヘルパーの支援を受けることを決めました。それもずいぶん悩み、決定するまで長い時間がかかりました。ヘルパーさんが来るようになってから、家族の負担は随分軽減されました。それでも、母が口から食事が摂れなくなった終末期には、点滴で命を繋ぐのがいいのか? 胃瘻(いろう)で命を繋ぐのがいいのか? 究極の選択を迫られました。

 

ですから、〈人間にできること、しなくてはいけないことは、人生の様々な状況に直面しながら、その都度その都度、現実から発せられてくる「問い」に全力で応えていくことである。そうすることで自分の人生に与えられている「使命(ミッション)」を(まっとう)うすることにある〉というフランクルの言葉は射られた矢のように胸に沁みました。

 

■「誰か」があなたを待っている

「人間は人生から問いかけられている」――それはまた、「誰か」があなたを待っていて、「何か」があなたを待っているということでもあります。介護の問題に悩んだ私達家族の場合では、誰か(母)が私達を待っていて、何か(決断)が私達を待っていたのです。

 

フランクルのこの考えは、収容所で絶望し、死んでしまいたいと思い詰めていた多くの人々に、生きる力を与えました。ある時、フランクルのところに、「もう人生から何も期待できない」と自殺を図ろうとしている二人の仲間が相談に来ました。フランクルはこのように言いました。

 

「あなたには、あなたのことを待っている誰かが、どこかにいませんか。あるいは、あなたによって実現することが待たれている何かが、ありはしないでしょうか。たとえば、やり残している仕事、あなたがいなければ実現されることのない何かがあるのではありませんか。

よく探してみて下さい。あなたを必要としている誰かがいるはずです。あなたを必要としている何かがあるはずです」

すると、二人はしばらく考え、一人は、自分には外国に子供が一人いる、その子は自分を待っているはずだ、もし自分が死ねばその子は肉親が一人もこの世にいない子になってしまう、と答えました。もう一人は、自分は科学者であり、書きかけの著作の原稿がある。それはシリーズであり、それが完成するまでは死ぬに死ねない思いがある、と答えました。

二人とも、「自分を待っている何か(誰か)」がこの世にあることに気づくことで自殺を思いとどまったのです。自分を待っている何か(仕事)、自分を待っている誰かとのつながりを意識した人は、決してみずからの命を絶つことはない、とフランクルは言います。

 

■自分の幸福を求めるのをやめる

フランクルが求めているのは、自分の欲望や願望中心の生き方から、「人生からの呼びかけに応えていく生き方」「意味と使命中心の生き方」への転換です。すると、それに伴って幸福観も変わってきます。

 

フランクルは、幸福は求めようとすればするほど、逃げていくものだということを見て取りました。自分の幸福、自分の喜びを追いかけ回しているうちに、「永遠の欲求不満の状態」に陥り、結局、ほんとうの幸福も喜びも得られなくなってしまう、というのです。

 

現代の私達は、「どうすれば自分らしく生きられるだろう」と、自分らしい生き方(自己実現)

を必死で求めているところがあります。「自分探し」という言葉が、この風潮をよく表わしているでしょう。もちろん、「自分らしく生きること」は決して悪いことではありません。

しかし、自己実現の追求は、幸福の追求に似て、きりがないのです。どこまで行っても、決して満足することはなく、「永遠の欲求不満の状態」に陥ってしまいます。

 

フランクルは、他者からの、あるいは世界からの問いかけに応えようと人が無心に何かに取り組んでいる時、幸福や自己実現は自然と生じてくるものだと考えました。

幸福それ自体を追い求めるのはやめて、仕事にただ夢中になって没頭したり、愛する人を心を込めて愛し続けていれば、結果として、おのずと幸福は手に入ってくるものだといいます。


この記事は、放映されたナレーションをほぼそのまま引用し、番組コメンテイターである明治大学文学部教授・諸富祥彦(もろとみ よしひこ)さんと司会者の発言を基に再構成したものです


(参考文献) NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版
       ヴィクトール・フランクル『夜と霧霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房

       諸富祥彦 『夜と霧 フランクルの言葉』コスモスライブラリ

                               (この稿続く)



| ヴィクトール・フランクル | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0)
『夜と霧』を読む 3
 第3話 どんな人生にも意味がある

■「何か」があなたを待っている

4歳のフランクルは、「人はいつか必ず死ぬ。だとしたら僕は何故生きるんだろう」と、幼い心に哲学的な問いを(いだ)き、その答を探し続けて精神科医の道を選びました。患者の悩みに耳に傾ける中で、やがてフランクルは4歳のあの問いこそが、心の問題を解決する鍵だと思い至りました。

 

なぜ生きるのか? その意味を見失った時、人は心を病んでしまう。大切なのは自分が生きる意味を知ることだ。フランクルは患者が生きる意味を見出すことを治療の中心に置いてきました。

1942年、強制収容所に入れられる時、こう自分に言い聞かせたといいます。「おまえはこれまで人生に意味があると語ってきた。それはどんな状況でも失われないと言ってきたじゃないか。さあ、ヴィクトール、自分でそれを証明する番だ。」こうしてフランクルは収容所の絶望の中で、生きる意味を探し続けていったのです。

 

いつ解放されるとも知れず、重労働を課せられる毎日。力尽きてしまう人、生きることをあきらめてしまう人が続出する中、二人の男が悲壮な決意でフランクルを訪ねました。彼らはフランクルに言いました。「もはや人生から何も期待できない」と。

死にたいと訴える二人に対して、フランクルはある言葉をかけます。その言葉で彼らは自殺を思い留まりました。それは一体どんな言葉だったのでしょうか。

 

「それでも人生はあなた方からあるものを期待しています。」

すぐにはその言葉の意味がわからず戸惑う二人に、フランクルはさらに言いました。「あなたたちを“ 待っている ”何かがあるはずです。それが何か考えて下さい」すると一人の男があることに思い当たりました。「待っている。愛してやまない子供が、外国で私を待っている」

 


科学者だったもう一人の男は「そうだ。科学の研究書をまだ書き終えていない。この仕事が私を待っている」 フランクルは二人を待っているものこそが、生きる意味なのだと気づかせました。こうして彼らは自殺を思い留まったのです。



  「誰か」があなたを待っている

 

各個人が持っている、他人によってとりかえられ得ないという性質、かけがえのないということは、――意識されれば――人間が彼の生活や生き続けることにおいて担っている責任の大きさを明らかにするものなのである。待っている仕事、あるいは待っている愛する人間、に対してもっている責任を意識した人間は、彼の生命を放棄することが決してできないのである。

       『夜と霧』霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房 186〜187


人生から何を期待できるかではなく 人生が何を期待しているか

「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである」

フランクルはあなたがどんなに人生に絶望していても、人生があなたに絶望すること決してない。何かがあなたを待っている、誰かがあなたを待っている、と説きます。

 

この考えの根本には、人間は 人生から ”問われているものだ、という考えがあります。

これはどういうことかと言うと、私たちは日々人生を問います。つまり、就職活動がうまくいかないとか、色んなことを一生懸命やっているけどうまくいかない、という風に。そんな時、こんな人生、何の意味があるんだと、人生を問います。

 

けれどフランクルは言います。私たちが人生を問う前に、人生が私たちを問うている、と。

私たち人間は絶えず人生から問われている存在であると。つまり人生に対する態度を180度ひっくり返してしまうわけです。

 

人生に何かを求め続けている間は、永遠の欲求不満の状態になってしまいます。いつも空虚感が支配せざるを得ません。人生を疑う前に、自分にどんな問いが突きつけられているのか。

こちらの方が先なのです。誰かのために、世界のために、あなたができることは何があるんだろうと、何があなたを待っているんだろうと見方を変えるのです。

 

フランクルはこう言っています。「あなたの内側を見つめるのはやめましょう。あなたを待っている何かに目を向けなさい」

 

  人間は、人生から問いかけられている

 

ここで必要なのは生命の意味についてもの問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。哲学的に言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのであると云えよう。すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。

           『夜と霧』霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房 183頁

 

「人生から何を期待できるかではなく 人生が何を期待しているか」というフランクルの言葉を胸に刻みながら日々の仕事に励んでいる人が実際にいます。

岩手県陸前高田市。今回の震災で1800人以上が津波の犠牲になった、被害が最も大きかった場所のひとつです。地域の拠点病院だった岩手県立高田病院。最上階の4階まで津波が襲い、病院職員や患者24人の命が奪われました。現在、病院スタッフは仮説の診療所で地域医療の立て直しに取り組んでいます。そのリーダーが院長の石木幹人(いしきみきひと)さんです。

 

石木さんは今回の津波で最愛の妻を亡くしました。長年連れ添った妻、多津子さん。実は多津子さんと出会った頃の思い出にフランクルの本があったといいます。学生時代にはそれほど大きな印象を残さなかったという『夜と霧』。それから30年、石木さんは再びこの本を手に取りました。


それは震災から2か月、多津子さんの葬儀から間もない頃でした。その時、石木さんはある言葉に目が留まったといいます。――「一日が一週間より長く感じる」

それは突然の災害に妻を喪い、病院を奪われた石木さんの心情をそのまま表わしているかのような言葉でした。ふさぐこともあった石木さんの心を救ったのは、自分を待っている人たちの存在でした。今、石木さんはフランクルの言葉を噛みしめながら、患者さんの生き甲斐を大切にする医療を心がけています。

石木さんにとっては、患者さんがいて初めて生きる意味を確かに感じることができたのです。

「誰かがあなたを待っている、何かがあなたを待っている」という言葉は、人生を逆の立場から見ることができる力を持っていると思います。

 

フランクルの言葉が胸に入ってくるのは、一番絶望し切っている時だと思われます。本当に苦しい状況に追い込まれて、悩んで悩み抜いた末に、「ああ、このことか」と言葉が入ってくる人は、あまたいるのではないでしょうか。

 

「欲望」中心から「使命」中心の生き方へ

フランクルはどんな人のどんな人生にも意味があるんだと訴えます。これは言葉を変えて言うと、どんな人のどんな人生にも見えない「使命(ミッション)」が与えられている、ということです。

それを見つけて果たすことによって初めて人生は全うされる、という考えです。

 

私はこういう仕事を絶対したいんだと凝り固まったり、私はこういう条件の結婚相手でないと妥協しない、という思い。これをフランクルは欲望中心の生き方といいます。欲望中心の生き方をしている限りは、欲望は満たされない。「意味」と「使命」中心の生き方に転換しないと、最終的には心の奥底から私は幸せだと納得のいく人生は手に入らない、とフランクルは考えています。

 

フランクルが説いた「生きる意味」の言葉は、今、生きている私たちに重ね合わせることができます。フランクルは晩年、アメリカで死刑囚のいる刑務所に行って講演を行いました。

「明日もしあなたが死刑になるとしても、今からでも人生を意味あるものに変えるのに、遅すぎることは決してない」と説いて回りました。人生の意味を見つけるのは最後の瞬間まで諦める必要はないとフランクルは言っています

 

死刑囚という人たちは、一番説得しがたいけれども、魂が一番切実に生きる意味を求めている人でもあると言えるでしょう。


この記事は、放映されたナレーションをほぼそのまま引用し、番組コメンテイターである明治大学文学部教授・諸富祥彦(もろとみ よしひこ)さんと司会者の発言を基に再構成したものです。本文中の写真はテレビ画面より転載)

 

(参考文献) NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版


       ヴィクトール・フランクル『夜と霧霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房

       『それでも人生にイエスと言う』山田邦男、松田美佳訳・春秋社

       諸富祥彦 『夜と霧 フランクルの言葉』コスモスライブラリ

                               (この稿続く)



| ヴィクトール・フランクル | 09:53 | comments(0) | trackbacks(0)
『夜と霧』を読む 2
  2話 感受性の豊かな人が生き延びた

■生死を分けた“未来”への希望

やがてフランクルは、生きることを放棄する人を目にするようになります。

点呼の時間になってもベッドから起き上がれなくなってしまう人。食料と交換できる貴重な煙草を吸い尽くしてしまう人。――彼らは生き残ることはありませんでした。

 

多くの人が亡くなった中で、何が生き延びるわずかな人を分けたのか。未来を信じることができた人。わずかな人だけが最後まで生きる気力を失わずに済んだのです。

それを証明する出来事がありました。クリスマスが来たら解放されるはずだという噂が流れました。しかし、現実はクリスマスがやって来ても解放されませんでした。希望を失ってクリスマスの翌日に多くの人が生命を落としたといいます。


未来に可能性を信じる人のみが生き延びられました。ただ、フランクルの唱える〈未来〉とは、クリスマスまでというような期限付きの未来ではなく、歳月を越えたもっと永続的な未来を意味しています。そのことをフランクルは、「私のことを待っている“時間”がある」と味わい深い表現で語っています。

 

さらに、フランクルは絶望的な収容所生活の中で、どんな人が生きることを諦めなかったかを語っています。

――繊細な性質の人間がしばし頑丈な身体の人々よりも、収容所生活をよりよく耐え得た


フランクルの言う「繊細な性質の人間」とはどんな人だったのでしょうか。

辛い労働の後、すし詰めの貨物車。くたびれ、腹をすかせ、凍える闇の中。そこでフランクルが目にしたもの――それは神に祈りを捧げる人々の姿でした。また、労働の後のわずかな食事休憩。一人の男が樽の上にあがり、イタリアオペラのアリアを歌い始めました。ほんの一時であっても、音楽で心を癒している人達。神に祈り、音楽を楽しむ。それが辛い収容所生活を支える大きな力になっていたことを、フランクルは発見したのです。私達の感覚では、極限状況のもとでは「歌」というものは、一番最初に無くなっていくものだと思いがちです。ところが、事実はそうではなかったのです。


 

  感受性の豊かな人が頑丈な人より生きのびた

 

新たに入ってきた囚人はそこ(収容所のこと)の宗教的感覚の活発さと深さにしばしば感動しないではいられなかった。この点においては、われわれが遠い工事場から疲れ、飢え、凍え、びっしょり濡れたボロを着て、収容所に送り返される時にのせられる暗い閉ざされた牛の運搬貨車の中や、また収容所のバラックの隅で体験することのできる一寸(ちょっと)した祈りや礼拝は最も印象的なものだった。    『夜と霧』119頁


 

真っ暗な絶望的な収容所の状況とは別の世界。それは宗教とか、祈り、芸術、音楽、そういう別の世界への通路です。そんなチャンネルを持っている人だけが、現実に生き残ることができました。身体が頑丈なことよりも、遥かに心の豊かさ、感受性の豊かさが生きる力になりました。

 

どん底に落ちているからこそ見つけていくものがあります。ユーモアを言ってお互いを励まし合っているシーンをフランクルは何度も目撃しました。フランクルは亡くなる直前まで家族に冗談を言って笑わせていたといいます。極限状態にある時は、笑いこそがエネルギーというのが人生の真実なのです。


■誰にも奪えない人間の“最後の自由”

フランクルは如何に絶望的な状況にあっても人間性を失わなかった人達がいたことを指摘しています。

「強制収容所を経験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは優しい言葉、あちらでは最後のパンの一片を与えて通って行く人間の姿を知っている    『夜と霧』抄

 

とても人間とは思えないような仕打ちをする人がいる一方で、どんな状況の中でも他人に手を差し伸べるやさしさを失わない人がいました。フランクルは確信しました。

「与えられた事態に対してどういう態度をとるかは、誰にも奪えない、人間の最後の自由である                         『夜と霧』抄

 

どういう態度をとるか決めることを、フランクルは「誰にも奪えない人間の最後の自由」と定義づけています。

フランクルは収容所の中で、死んだ仲間から物を奪っていく人を目撃しました。同時に、自分自身も息絶え絶えなのに自分のわずかなパンを他の人に与えていく人もいた。つまり、収容所の中の人間は天使と悪魔に分かれていきました。

どんな態度をとるか――態度決定の自由だけは、どんな人も奪い得ないのだと、これがフランクルが『夜と霧』で一番強調している点のひとつです。

 

こんなひどい局面にいるのだから、鬼のような所行をしても俺のせいじゃない。状況がこうなったら仕方ないじゃないか、人間誰でもこうなるんだ。――それに対して、フランクルはノーと言っているのです。どんな状況であれ、ある態度を自分で選び取ることができる。

それを収容所の人間の精神の真実として知ることができた。そこに希望を見出したとフランクルは語っています。

 

番組のコメンテイターである、明治大学文学部教授・諸富祥彦(もろとみよしひこ)さんは、現代における『夜と霧』の存在価値について語っています。

「今、貧困化社会と言われ、ネットカフェ難民と言われている人達がいますね、そういう人達はある種、現代の収容所の中に生きている状態だと言ってもいいと思います。

行っても、行っても、どこまでも闇だという感覚を持っていると思われる。けれどもフランクルは収容所の中にいながらも、自分は未来を信じるという態度決定をしていれば、いつかは希望の光が差してくると訴えています。今、多くの絶望しかかっている人達に読んでほしい本です

 

希望を持つことが大切といっても、実行は大変で、読んですぐに会得しないかも知れないが、何年か先に、あのフランクルの言葉の意味はこういうことだったんだと気づいてもらえる若い人達がいればうれしいと、諸富さんは語っています。

 

(今回の記事は、番組コメンテイターである、明治大学文学部教授・諸富祥彦さんと司会者の発言を基に再構成したものです)

 

(参考文献) NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版

       『それでも人生にイエスと言う』山田邦男、松田美佳訳・春秋社

       諸富祥彦 『夜と霧 フランクルの言葉』コスモスライブラリ


| ヴィクトール・フランクル | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0)
「夜と霧」を読む 1
  1話 絶望の中で見つけた希望

■震災後にクローズアップされる

以前に『夜と霧』の著者ヴィクトール・フランクルを一度取り上げたのですが、NHK教育テレビでフランクルの代表作『夜と霧』を4回にわたって特集しました。それに基づいて、フランクルのメッセージをより詳しくお伝えしたいと思います。

なお、今回の記事は、放映されたナレーションをほぼそのまま引用し、番組コメンテイターである明治大学文学部教授・諸富祥彦(もろとみ よしひこ)さんと司会者の発言を基に再構成したものです。


                      *

 

多くの人が過酷な運命に巻き込まれた東日本大震災以降、被災地を中心に注目を集めた一冊の名著がありました。ユダヤ人の精神科医ヴィクトール・フランクルがナチスの強制収容所での壮絶な体験を綴った『夜と霧』でした。仙台市の書店では震災から10日余り後、新刊コーナーにあえて半世紀以上前に書かれた『夜と霧』を並べました。書店側では、圧倒的な状況の中で人間は何をしているのか、というテーマが震災と共通していたので置いたそうです。

 

最初の三ヶ月は毎週のように仕入れて売っているという盛況でした。震災後、あまたの人が『夜と霧』を手に取った理由は、何だったのでしょう。それは、どんな絶望的な状況の中にも、必ず希望は見つけられるというフランクの力強いメッセージがあったからでした。

 

『夜と霧』は、強制収容所での惨状を描いたドキュメントではありません。悲惨な状況の中でもそこに微かな希望の光が見える、人間の精神の崇高性を伝えることを主眼としています。ですから、出版社に送られて読者カードには、

「『夜と霧』は単に強制収容者の記録ではなく、生と死についての普遍的なテーマが書かれているので、私の人生のお守りとして読み続けてゆきたいと思っています」、「予想だにしなかった環境の激変で、立ちすくみ途方に暮れていた私を導いてくれました。私には‘生きるように、エネルギーを持って’と言ってくれているかのように」と多くの感想が寄せられました。

 

『夜と霧』の基本情報について記しましょう。

1946年、ウィーンで出版

20以上の言語に翻訳。アメリカでは1000万部を超えるベストセラー

1956年、日本で出版。現在までに新・旧の翻訳本100万部が発行

特にアメリカでは、「私の人生に最も影響を与えた本」というランキングで、ベストテン入りしている唯一の心理学・精神医学関連の本。


 

■収容所生活の実態

強制収容所でフランクルが置かれた状況から見ていきましょう。世界的ロングセラー『夜と霧』の原題は、「強制収容所における、ある心理学者の体験」でした。タイトルとなった「夜と霧」という言葉は、1941年に始まったアドルフ・ヒトラーの特別命令に由来しています。


ヒトラーは非ドイツ国民で党と国家に対して反逆の疑いのある者は、家族丸ごと捕縛して収容所に拘禁せよという命令でした。この特別命令は夜陰(やいん)に乗じ、霧に紛れて秘密裏に実行され、ユダヤ人の一家が一夜にして 神隠し 瓩里茲Δ望辰┝困擦觧件が各地で相次ぎました。それで通称「夜と霧」命令と呼ばれたのです。戦争中、収容所には少なく見積もっても1200万人の男女、子どもが連行され、内800万人が死亡したといわれます。

800万人と言われても見当がつきませんが、中国地方の総人口が約750万人(201271日推計)であることを思うと、そのすさまじさに声を失う思いです。

 



1942
9月、36歳のフランクルは強制収容に入れられました。故郷ウィーンを追われ、チェコ、ポーランド、ドイツと収容所を転々とさせられた2年半。中でもフランクルに強烈な記憶を焼き付けたのが、あの悪名高きアウシュビッツ強制収容所です。

 

収容所に到着すると、彼らはすぐに長い列に並べさせられました。その先でナチスの将校が人々を二手に分けていました、人差し指のわずかな動きだけで。フランクルの番が来ると、将校は少し考えた後、右へ向かうよう指示しました。大半の人は左側へ行かされました。

そこには彼の友人や同僚がいました。フランクルは古株の囚人にたずねます。「私の友人はどこに行ったのだろう?」

「そいつぁ、別の側に行ったのかね?」

「そうだ」

「そんなら、そいつぁ、あそこに見えるじゃないか。

あそこでお前の友達は天に昇っていってらぁ」

 


         収容所での最初の選別

 

愈々(いよいよ)今や彼(ナチスの将校)は私の前に立っている。長身、痩せ型で、粋で、申し分のない真新しい制服――エレガントな手入れの行き届いた人間であり、寝不足で疲れ、全くみじめに見えるわれわれの憐れな姿と遠い隔たりがあった。彼は無関心な様子でそこに立ち、右(ひじ)を左の手で支えながら右手をあげ、そして右手の人差指をほんの少し――(ある)いは左、或いは右と(大部分右であったが)――動かして指示を与えるのであった。我々の誰も、この一人の人間の人差指の(わず)かな動きがもっている意味を少しも予感しなかった。――或は左、或は右、(おおむ)ね右――愈々私の番になった(中略)夕方にわれわれは人差指のこの遊びの意味を知った。それは最初の選抜だったのだ!         『夜と霧』 87〜88


生死が将校の指先ひとつで決められました。さらにあらゆる所持品、財産は没収。ヴィクトール・フランクルという名は奪われ、「119104」という、ただの番号で呼ばれました。人生のすべてを奪われ、飢えや寒さ、過酷な労働――そんな極限的な状況の中でフランクルは人々の心を見つめていったのです。

 

こんな不条理は現代の日本人で誰も経験した者はいません。フランクルが『夜と霧』を書いた頃のヨーロッパと日本では、考え方も生活もあまりにもかけ離れています。私達は今、強制収容所のような特殊な環境にいるわけではありません。しかし、私達が生きているこの時代は収容所とは違った形ですが、生きる意味と希望を見出すのが困難になっているという意味では、現代の私達も「見えない収容所」の中に囚われて生きている、ともいえる面があります。この本が売れているのは、震災以降、普通の日常生活が突然断ち切られることがあり得るのだと、ほとんどの日本人が実感したからではないでしょうか。

 

フランクルは自身も死の危険に晒されながら、見たくないものを見ざるを得ませんでした。しかし同時に、もし自分の生命が助かったら、この人間の究極の真実を語り継いでいく使命があると考えました。


収容所に入れられた人々の心理状態とはどんなものだったのでしょうか。

フランクルは人々の心に生じた或る現象を記しています。それはアパシー(apathy 無感情・無感動)、感情がなくなったのです。

過酷な強制労働の日々。監視役の理不尽な暴力を受けている人を見ても、ただ眺めているだけ。朝、仲間が死んでいても何の感情も起きないのです。「苦悩する者、病む者、死につつある者、死者――これらすべては数週の収容所生活の後には当たり前の眺めになってしまって、もはや人の心を動かすことができなくなる」(『夜と霧』)のでした。


       生きるための「無感動」


スープの(おけ)がバラックに持ち込まれた。(中略)私の冷たい両手は熱いスプーンにからみついた。私はがつがつと中味を呑みこみながら偶然窓から外を覗いた。外ではたった今ひき出された屍体が、すわった眼を見開いてじっと窓から中を覗き込んでいた。二時間前、私はこの仲間とまだ話をしていた。私はスープをまた呑み続けた。もし私がやや職業的な興味から私自身の無感覚に自ら驚嘆したのでなければ、この体験は私の記憶に止まらなかったであろう。それ程すべては感情を失っていたのである。

                          『夜と霧』 103頁

 

アパシーという心理状態は、いじめや虐待に遭っている子供も一緒ではないでしょうか。一つひとつの出来事に悲しんでいたりしたら生きていけない。それが身を守る唯一の術なのです。


(参考文献)

NHKテレビテキスト『100de名著 フランクル 夜と霧』NHK出版

ヴィクトール・フランクル『夜と霧霜山徳璽(しもやまとくじ)訳 みすず書房

『それでも人生にイエスと言う』山田邦男、松田美佳訳・春秋社

諸富祥彦 『夜と霧 フランクルの言葉』コスモスライブラリ

                               (この稿続く)



| ヴィクトール・フランクル | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0)
それでも人生にイエスと言う 完

詩作という行為も題材に対して新たな思い方・意味を生むことによって、自分で自分を(いと)おしむ詩的な〈ロゴセラピー〉だと言えるかも知れません。そのことを教えられたのは、恩師高田敏子先生のエッセイ集『娘への大切なおくりもの』(1986年・大和書房)を紐解(ひもと)いた時に眼にした一文でした。


詩は、美しいものを書くものと、一般には思われているようです。美しいことばを探すということも詩の作業のように思われています。

私もそのように思っていたのですが、このごろになって解ったことは、 美しいもの 美しいことば 瓩鮹気垢里任呂覆、日常の中にあるもの一つ一つに、美しい意味を与えることで、そのものが、美しい存在となるということなのでしょう。

そして 美しい 瓩箸いΔ海箸癲∪犬領紊泙靴筺反省、目覚めになるとき、それを 美しい 瓩抜兇検⊆け取るのだと思います。

 

高田先生には、亡くなられるまで15年間師事しましたが、先生の口からフランクルという言葉は聞いたことはありません。偶然の一致なのですが、〈ものに美しい意味を与える〉のが詩だと説かれたことで、私の中で高田先生とフランクルが火花を放ってリンクしたような思いでした。

 

この日から、私の詩観は大きく変わりました。変わったというより、詩の神髄を知り得たという喜びに満たされました。若い頃は、月の光のような冷たく澄んだ美意識を詩の中に結晶させようと試みていました。

しかし、今は人生の意味を発見する詩を志し、またそのような作品を主眼として教室で紹介しています。

| ヴィクトール・フランクル | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0)
それでも人生にイエスと言う 6

次のエピソードも大切な人を喪った時に思い出す一節です。

フランクルのロゴセラピーの神髄を知ることが出来ます。


ある時、年老いた開業医が抑うつ状態に悩まされてフランクルのところに診療を受けに来ました。彼は最近、妻を亡くし、その痛手からずっと立ち直れずにいました。フランクルの療法は、ただ次のような質問を投げかけていきました。

「先生、もしあなたの方が先に亡くなられていたら、どうなったでしょう。つまり奥様の方が、あなたよりも長く生きながらえていたとしたら」

その老いた医師は言いました。

「もちろん妻はたいへん苦しんだにちがいありません」

フランクルは答えます。

「おわかりでしょう、先生。奥様はその苦しみを(まぬが)れることができたのです。そしてそうした苦しみから奥様を救ったのは、先生、ほかならないあなたなのです。

ですから今、奥様を失った悲しみにあなたが打ちひしがれていることには意味があります。

奥様が受けたかもしれなかった苦しみを、あなたが代わって苦しんでいるという意味があるのです」

この老いた医師は、何も言わずにフランクルの手を握り、去っていったといいます。

 

妻に先立たれたという事実、運命そのものは変えられません。しかし、運命に対する態度、運命に対する意味づけは変えることができます。

自分の今の苦しみには、自分が妻の身代わりになって苦しんでいるという意味があります。この苦しみ、喪失感は、妻を同じ苦しみから免れさせているんだと。そのような見方ができれば、苦しみは耐えるに値するものに変わっていっくはずだ、とフランクルは結んでいます。

| ヴィクトール・フランクル | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0)
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