自作詩「裏庭」 2
 はたから見れば、自分がもっとも惨めで哀しい姿を晒している時、本人は体中が哀しみで溢れているために、そんな自分の姿に気がつかないことがあります。

この詩を書いた時の私は、まさにそういう心理状態にあったのではないかと思います。
末期癌を宣告された父親の看護のために、病院へ通うのが日常となっていた頃です。
今振り返れば、ずいぶん精神的に追い込まれていたと思うのですが、朝の身体の清拭(せいしき)から始まって、昼食の介添えなど、日々の仕事はとどこおりなく進んでいました。
私はそれらの仕事を淡々とこなしていました。父の病状のことを考えると辛くなるので、自然に無感情に、事務的に自分の務めを消化していました。

そんなある日、いつものように昼食が終って洗いものをした後の、間(ま)の抜けたひと時、ふと階下に目をやると、病院の裏庭で人の動きがありました。入院患者の臨終があったばかりのようでした。
普段開かない扉が開いて、死者を囲む愁嘆の場をはからずも目撃してしまいました。

それは現実のことでありながら、映画のスクリーンを眺めるような、何か非現実の出来事のような感じでした。おそらく、私自身が看護の疲れから、頭がぼうっとしていたからでしょう。

その時の自分は、精神離脱、と言っていいような、魂の抜け殻になったような意識でした。
私は他者の死に対する哀しみも哀悼の意も感じることなく、たたずんでいました。
あの時、私はもし誰か知人が眺めたら、ずいぶんさびしい姿をしていたのではないかと思います。でも、自分ではそんなことを考える余裕はありませんでした。だからこそ、最も哀しく惨めなたたずまいを晒していたように感じるのです。

作品「裏庭」の最終連で、〈私の哀しみが身体から離れ/見知らぬ哀しみを見ていた/哀しみが哀しみを見下ろしていた〉と綴ったのは、私自身は何の哀しみも感じてはいなかったけれど、私から離れた哀しみの意識は、やはり他人の死を身近なものとして哀しんでいて、私に代わって悼んでくれていたのではないか。
そんな思いを描いてみたのでした。

父の他界から今年で十年を越えましたが、不思議なことに時が経てば経つほど、当時の情景が細かに浮かび上がって来ます。それらが、詩作の種になっていることが多くなりました。

| わが詩わが心 | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0)
自作詩「裏庭」 1
      裏庭       石川 敏夫

 

    父が亡くなって十年も経つのに

    脳裏に浮かぶ小さな風景がある

 

    末期の父が入院中の昼休み

    食事の介添えが終って窓辺に寄り

    階下を眺めていた

    そこは病舎の裏庭で目立たぬ戸口があった

 

    扉が開いて幾たりかの人影が現れた

    ハンカチを目に押し当て寝台(ストレッチャー)にとりすがっている

 

    看護の合間の気の抜けたひと時

    私はぼんやりと目を向けていた

    ドラマの死別のシーンでも眺めるように

    何一つ心を動かさずに

 

    父の命が尽きたのは

    それから半年後だ

 

    私はあの時 何を見ていたのだろう

    おそらく 何も見てはいなかった

 

    私の哀しみが身体から離れ

    見知らぬ哀しみを見ていた

    哀しみが哀しみを見下ろしていた

 

                       2011.8.21

| わが詩わが心 | 11:11 | comments(3) | trackbacks(0)
青虫

これまでブログで紹介した自作は、花の詩と折々の短詩です。それだけをご覧になった方は、私の詩はロマンチックな作風だと思われているかも知れません。


私は生来、ロマンチックというよりセンチメンタルな気質で、よく心の中で泣いています。そんな性向が作品に現れるのでしょう。ただ、詩集に掲載している詩は、少し趣きが異なります。詩の教室の皆さんによると、「石川先生の詩を読むと、半日位寝込んでしまう」と言われています。


花の詩も、人を寝込ませるほど重い詩も、どちらも私の作品です。

と言うより、重い作品を書くストレスを、軽やかな花の詩や短詩で解消しているといった方が当たっています。

読むのがしんどいかも知れませんが、しばらくおつきあい下さればうれしいです。


    青虫


   庭から摘み取った薔薇を活けると、花瓶のそばに小指

   どの長さの茎が落ちている。捨てようとして手を伸ば

   と、茎と見えたものは揚羽蝶の幼虫だった。

   葉群(はむら)に戻してやると力なく滑り落ちる。また葉の

   上に置いても、取りついた葉末から頭をもたげ、風の()

   り()を探るようにかぼそい肉角(にくづの)を震わせなが

   ら、くびれた身を宙に揺らす。

   こぼれ落ちた幼虫を葉に戻すことを何度か繰り返す内

   に、故郷に帰りたがっているのだと思った。

   薔薇の木の若葉に返してやると、安心したのか、緑に

   溶け入るように静まっている。


   やがて蛹(さなぎ)となり、(つい)には空の高みに舞い上

   がるものが、地を腹這い、人の手に(もてあそ)ばれる青黒

   身の淋しさ。長く忘れていて、今さら使うのも気恥ずかしい

  〈希望〉という言葉は、私の中でこんな青虫の形をしているよ

   うだ。深夜、私も青虫のように背を丸め、命が透けるよう

   儚い糸を原稿用紙に向かって吐いている。

| わが詩わが心 | 17:45 | comments(2) | trackbacks(0)
プチ詩集『薔薇の涙』
 庭に咲いた薔薇に遊び心で言葉を添えてみました。全部で10頁のphoto詩集です。































| わが詩わが心 | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0)
SEARCH THIS SITE.
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
CATEGORY
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE