丸山薫 6 原子香水


    原子香水

 

   わずか幾筒かの爆薬で

   地表の半分を吹きとばすより

   たった数滴の香水が

   世界の窓を 野を 海を

   われらの思想と

   言葉の自由を匂わしてほしい

 

   ああ 誰かそんな香水を

   発明しないものか

   貴重なその一壜をめぐって

   国際管理委員会を設けよ

   人類のもっとも光栄にかがやく昧爽(あさ)

   それら噴霧を

   棚引く淡紅(ばら)のハンカチに浸ませ!

   すみれ色の空から降らせ!

 

若き日から私の座右の銘である、村野四郎『現代詩入門』に記された作品解説をご紹介します。

「幾本かの爆薬の筒で地球を半分吹き飛ばすような文明に未来があるでしょうか。

それよりも世界中の窓という窓、野原も海も、また万人の思想や言論の自由を馥郁と香らせるような香水があったら、どんなにすばらしいことでしょう。

原子爆弾より、こんな香水を発明する科学者はいないのでしょうか。もしこの香水がひと壜でもあれば、運用のために国際管理委員会を設立すればいい。人類のためにそれはどんなにすばらしい朝だろう。その香水をハンカチに染み込ませて、すみれ色の夜明けの空から振り撒いたらどんなにすばらしいことか」

 

「原子香水」に描かれた詩の世界は、詩人のたわいもない夢物語なのでしょうか。

いえ、そうではありません。原子爆弾という現代の悪魔的な威力に対して、嘲笑されることを恐れず、詩人が「愛」と「詩」を渾身の力でぶつけた勇気ある挑戦なのです。

 

「原子(爆弾)」と「香水」という全く相反するものを結びつけた着想に、非凡な風刺と鋭い機智(ウィット)を感じます。比喩というものは、譬(たと)えられる者同士の意味が遠く離れていればいるほど、結合した時に大きな衝撃力を生じます。そのモデルのような作品だと思います。

祖父を原爆で奪われている広島の私にとって、忘れることのできない詩です。


【メモ】丸山 薫189968 - 19741021日)大分市生。

第三高等学校(現・京都大学)卒。三高時代から、桑原武夫、三好達治、梶井基次郎らと親交。後、東京帝国大学(現・東京大学)文学部国文科に入学。第九次「新思潮」同人。

1928(昭和3年)大学中退、詩の活動に専念。船員を志望し、船や海、異国にまつわる詩が特徴。1933(昭和8)に堀辰雄らと「四季」を創刊。翌年「幼年」で文芸汎論詩集賞受賞。

戦時中の1944(昭和20)から1948(昭和24)までは山形県の岩根沢に疎開。岩根沢国民学校の代用教員(現在、丸山薫記念館がある)。

後、愛知県豊橋市に移る。愛知大学客員教授などを勤める。1954(昭和29)豊橋文化賞。


| 丸山薫 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0)
丸山薫 5 「犀と獅子」
 

    犀と獅子

 

   犀が走っていた

   その脊に獅子がのり(すが)っていた

   彼は噛みついていた

   血が噴き上がり苦痛の(くび)をねじって

   犀は天を仰いでいた

   天は蒼くひっそりとして

   ひるまの月が(うか)んでいた

 

   それは絵だった

   遠く密林(ジャングル)の国の一瞬の椿事(ちんじ)だった

   だから風景は黙し

   二頭の野獣の姿もそのままだった

   ただ しじまの中で

   獅子は刻々殺そうとしていた

   犀は永遠に死のうとしていた

 

密林の中で弱肉強食の闘いを繰り広げる野獣を描いた絵(アンリ・ルソーと思われる)から作られた作品です。最後の2行を除く、他の詩行は絵の情況説明です。

絵の中で、ライオンに頸を噛まれた犀は、刻々命を失っています。それと同時に死は永遠に始まろうとしています。

 

〈獅子は刻々殺そうとしていた/犀は永遠に死のうとしていた〉の詩行ほど、絵によって凍結された絶命の時間をこれほどまで正確無比に表現した言葉はないでしょう。

 

「われわれは日頃、不正確や曖昧な伝達に馴らされている。だから正確に告知されたときに異様な衝撃をうけるのだ。それが詩的感動の一つだ」(村野四郎・評)と言われていますが、詩の言葉の凄みを改めて教えられます。

 

 

「犀と獅子」が収められている詩集『物象詩集』の序文にこんな言葉があります。

「私は自分の作品に一貫して流れているひとつの強い傾向を看取することが出来る。それは物象への或るもどかしい追及欲と、それへの郷愁である。それこそ私に詩を書かせる動機となり、また、自分の詩をそれらしく特色づけているものだろう。私と(いえど)も抒情詩が古来伝統するところの自然へのあはれや、人の世の涙につながるこころ意気を排するものではない。しかも詩を企てるとき、心にたたみかかってくるものは物象の放射するあの不思議な陰翳である」

 

この自序で丸山が語る「物象」とは、「存在感の強い詩の題材」と私は解釈しています。

雲、水辺、花といった抒情的な存在だけでなく、錆びた釘、鉄道のレール、コンクリートの壁など無機物でありながら、不思議な存在感をもった素材です。

物象の放射するあの不思議な陰翳〉とは、この実在感のことを指しているように思います。

 

これら物言わぬ存在を、詩の言葉でなんとか表現したい。しかし、これはとても困難な作業ですから、なかなか言葉がついていかず〈もどかしい追及欲〉にかられるわけです。

私も詩集『アンコール』で「信号」という作品を書いていますが、これは未明の信号機の不思議な存在感を描きたくて、詩の言葉で格闘した記録です。丸山薫には到底及びませんが、拙い試行錯誤の跡をご覧いただければと思います。



     信号


     未明 交差点の明るく空しいひろがりの上で

     なおも明滅をくり返す 信号機


     進むものも とどまるものも絶えた今

     色分けた光から 信号の意味はすべり落ち

     あらわになった鮮やかな輪  それは

     闇の奥の時間へ 時間の奥の透明な核へ

     遠く見ひらいているようだ


     ただ 時折 何かの物影がよぎると

     不意に意識を取りもどした瞳のように

     うるんだ色がよみがえる


拙作については、恩師の一人である鈴木亨先生から過分な言葉をいただいていますので、作品解説に代えて掲載します。

「未明の交差点で明滅する信号機を、擬人化することによって、思弁的に、それでいてなまなましくとらえることに成功した作品。なるほど「進むものも とどまるものも絶え」る未明のひととき空しく明滅をくり返す信号機は、〈闇の奥の時間へ 時間の奥の透き通った核へ/遠く視線を放つような不気味な存在でしょう。その不気味さが巧みに描写されています。

この詩の素材は、いわゆる花鳥風月ではありません。信号機という、無機的な、硬質の素材です が、それに息を通わせて〈風流〉の世界を創出しているところが手柄です。〈近代風流〉の境地とでも称すべきでしょうか


 物言わぬ信号機に、どれほど物を言わせたか自信はありませんが、作品「犀と獅子」は、絵が放つ〈物象の放射するあの不思議な陰翳を詩の言葉によって獲得したものと言えるでしょう。


| 丸山薫 | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0)
丸山薫 4 「水の精神」

    水の精神(こころ)

 

   水は澄んでゐても 精神ははげしく思ひ惑つてゐる

   思ひ惑つて揺れてゐる

   水は気配を殺してゐたい それだのにときどき声をたてる

   水は意志を鞭で打たれてゐる が匂ふ 息づいてゐる

   水はどうにもならない感情がある

   その感情はわれてゐる 乱れてゐる 希望が()くなつてゐる

   だしぬけに傾く 逆立ちする 泣き叫ぶ 落ちちらばふ  ともすれば

    そんな夢から覚める

   そのあとで いつそう侘しい色になる

   水はこころをとり戻したいとしきりに(いのる)

   りはなかなか叶へてくれない

   水は訴へたい気持で胸がいつぱいになる

   じつさい いろんなことを喋つてみる が言葉はなかなか意味にならない

   いつたい何処から湧いてきたのだらうと疑つてみる

   形のないことが情ない

   (やが)て憤りは重つてくる (ふく)れる 溢れる 押さへきれない

   棄鉢(すてばち)になる

   けれどやつぱり悲しくて 自分の顔を忘れようとねがふ

   瞬間  忘れたと思つた

   水はまだ眼を開かない

   陽が優しく水の(まぶた)をさすつてゐる

 

恩師・安西均の作品評があります。

 

「水の精神」と題した二十行の詩は、すべて擬人法で書かれた抒情詩である。しかも「水」以外の形象を余計に持ち込まないで書いた純一さがある。      エッセイ集『冬の麦』

 

擬人法とは、本来人間でないものをあたかも人間の如く扱う表現技法ですが、この作品で擬人化されているのは、水です。さらに、擬人化された水を通して作者が訴えかけているのが、人間の不安定な心です。

「水」以外の形象(イメージ)を余計に持ち込まないとは、言葉がすべて水の形象だけでコーディネートされているということです。例えば〈揺れてゐる〉〈われてゐる〉〈乱れてゐる〉〈膨れる〉〈溢れる〉などの言葉は、水の躍動感を表しています。

 

現実の中で変化してやまない人の心は、不安定に流動する水の(さま)とよく似ています。作者は人の心と水の生態に共通点を見てこの詩を創作したのでしょう。

 

識者の評言を見ると、「水の精神」は詩人の魂を象徴していると書かれています。

表面的には澄んで落ち着いて見えるが、心は動揺している。時代の動きに無関心でおられらず、芸術家としての悩み、怒り、自暴自棄、惑乱に心身をすり減らした疲れと眠りを描いていると。

 

でも、この作品を詩人の心情だけに限定する必要もないと思います。

社会、家庭の問題に翻弄される私たち一般庶民の心のあり(よう)を比喩していると読み解いてもいいのではないでしょうか。

 

〈水はどうにもならない感情がある/その感情はわれてゐる 乱れてゐる 希望が失くなつてゐる/だしぬけに傾く 逆立ちする 泣き叫ぶ 落ちちらばふ  ともすればそんな夢から覚める/そのあとで いつそう侘しい色になる〉

これらの詩行は、自分ではどうにもコントロールできない弱い心に絶望して、嘆き、感情に溺れ、荒れ果て、やがて我に返った時の後悔と空しさを鮮やかに描いていると受け取ってもいいでしょう。

 

〈棄鉢になる/けれどやつぱり悲しくて 自分の顔を忘れようとねがふ/瞬間  忘れたと思つた/水はまだ眼を開かない〉

自暴自棄から脱却し、至らぬ自分を忘れたいと願う。そして一瞬、忘れたように思う。

でも、水はまだ眼を開かない  真の心の目覚めには至らず、水=精神は、なおも迷いの中にまどろんでいると語っています。

 

最終行の〈陽が優しく水の瞼をさすつてゐる〉の中の〈陽〉に、私は人の力を越えた存在を感じます。まだ自分の目標に到達できず、心労から疲れて眠る者に、やさしく働きかけている存在を感じます。


迷妄の渦中にいる者の目を開かせようと、陽の光のような恵みを降り注いでいる者がいる。その恩寵的表現から作者の温かい人間性が伝わって来ます。

| 丸山薫 | 11:11 | comments(0) | trackbacks(0)
丸山 薫 3 「翼」 

     翼

 

    鴎は窓から駆けこんで

   洋燈を()き倒し

   そのまま闇に気を失つてしまった

 

   (かつ)ては希望であつたろう

   潮に汚れた翼が

   いまは後悔のように華麗に匂つてゐる

 

前回ご紹介したように、作者は船乗りを熱望して病気のために夢を果たせませんでした。その無念さが漂う作品です。


ランプを衝き倒し気を失った鴎は、挫折した詩人の心を擬人化しています。船乗りを目指して勉学していた青春の記憶が、華やかな思い出として胸に蘇ります。そこには辛い後悔も混じっています。〈いまは後悔のように華麗に匂つてゐる〉とは絶妙な心理表現だと思います。


| 丸山薫 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0)
丸山 薫 2 「離愁」 
 丸山薫は三好達治と京都三高(現・京都大学)以来の親友でした。
二人には共通点がありました。三高入学前に生活上の挫折を味わっていました。達治は陸軍士官学校を中退した後、三高で現在のフランス語学科に当たるクラスに入ったのですが、その前に実家の没落、父の家出という暗い家庭事情を背負っていました。丸山は生涯を通じて海に憧れ、東京商船高等学校に入りました。ところが、脚気(かっけ)(ビタミン不足など栄養不良が原因の疾病)のため退学を余儀なくされ、三高に再入学しました。

達治を詩の世界に誘(いざな)ったのは丸山でした。達治は丸山を「早熟な詩人」と呼び、『詩壇十年』というエッセイに、「そのころ既に、新鮮にしてしかも円熟した一家の詩風を持っていた。私はこのような級友をもって、はじめて私の身辺に詩人の存在、詩というものの魅力を見つけ出したのである。私の驚きと私の歓びとは、今にして思うと、ちょっと形容の言葉もない、夢のようなものであった」と記しています。

達治が感嘆した丸山薫の詩は、比喩表現の宝石箱です。特に擬人法において他を圧倒しています。その(たくみ)(わざ)は作品「離愁」にいかんなく発揮されています。

「離愁」 では、〈錨〉と〈鴎〉が擬人化されています。テーマは別れの哀しみです。 
鴎が囁いていた錨が突然声もなく海中に没するという情景は、不慮の事故などによって愛する者の命が絶たれることを暗示しているように思えます。 あるいは何かの事情によって生別せざるを得なくなった情況を思い浮かべてもよいでしょう。

最終行の〈鴎の胸に残つた思ひが哀しい啼き声になって空に散る〉という詩行は、残された者の心象風景をうたって実に哀切です。〈錨は水に青ざめて沈んでゆく〉という章句は、哀しみを浮かべて去って行く者の表情を巧みにイメージしています。
| 丸山薫 | 16:04 | comments(0) | trackbacks(0)
丸山 薫 1 「離愁」

    離愁 

 

    錨の耳に鴎が囁いてゐる

   不意に  言葉もなく錨が辷り落ちる

   驚いて鴎が離れる

   瞬間 錨は水に青ざめて沈んでゆく

   鴎の胸に残つた思ひが哀しい啼き声になって空に散る



| 丸山薫 | 12:25 | comments(0) | trackbacks(0)
SEARCH THIS SITE.
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
CATEGORY
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
LINKS
PROFILE